- 2 - 神殿にて
文字数 1,520文字
自己紹介が済むと、父親は仕事に行き、シルフィはゲイルと一緒に、手始めに海の神マアアルンの神殿へと行くことになった。海、川、船に関する仕事に就くには、まずここに申請する必要があるのだ。
この世界は、”地律” と呼ばれる、ある種の魔法のような秩序のもとで成り立っていた。
土地、あるいは環境に根ざした魔力が存在し、それを司るそれぞれの神がいた。それらにはいわば ”担当の管轄” があり、生き物はその加護を受けなければ、なにもかもが立ちゆかなくなる。
今まで陸地でしか活動していなかったシルフィは、この国の地の神の加護を受けていた。 ”風呼び” の見習いになるのなら、まずは海の神の管轄する世界へと加わる申請をする必要がある。風の神殿にも申請が必要だったが、陸から離れた島にあるため、後回しにするという。
「神殿なんて、初めてだ」
地の神の加護は生まれてすぐに申請したきりだ。つまり、自分は赤ん坊だったので記憶にまったくない。
ゲイルは皮肉な笑みを浮かべた。
「あんなところ、行かないで済むんなら、できるだけ行きたくないけどな」
「なんで?信心深くないから?」
「信心どうこうの問題じゃない」
「どういうことさ」
「行きゃあわかる」
人や物でごった返す港湾作業場を抜け、灯台のある岬へと向かう。岬の根元に当たる場所には見晴らしのいい緩い傾斜地があって、神殿はそこに建てられていた。
石造りの大きな建物で、周りを囲む回廊には古代風の太い石柱が何本も並んでいる。石材はすべて、貴重な乳白石が使われていた。
建物の正面の破風の部分には、海の神とその大勢の娘たちの精巧な彫刻が施されている。
初めて近くで見た壮大な造りに、立ち止まって大口を開け見とれていると、ゲイルに背中を小突かれた。
「入るぞ。行儀よくな」
柱の間を抜け入ると、左右に分かれた大きな階段がまず目に入った。その手前には大きな石のカウンターがあり、そこに揃いの巫女の衣装を着た三人の女性が座っていた。
それぞれの前には人が長い列を作っている。順番が回ってくるとなにやら紙片を差し出す。すると、女性が手に持ったスタンプを押し、紙を返す。それを持って、人々は奥の通路や階段へと進んでいった。
その様子は、神殿というより、役所だった。初めてきたシルフィはまだまだ好奇心いっぱいなので見ていて面白かったが、他の誰も彼もが、疲れた顔をしていた。ゲイルの言っていたことが、なんだかわかるような気がした。
ドーム型の高い天井はただでさえ音が響きやすい造りなうえ、並んでいる間も愚痴や目論見をのべつまくなしに喋り続ける人々がいるせいで、建物のなかはひどく騒々しかった。あげく、案内で小金を稼ごうとする子供たちがありこち走り回って、ひっきりなしに客引きをしている。
壮麗で神聖なはずの場所が、世知辛さで満杯になっているのは、なかなかに皮肉な絵だ。
「こっちだ」
ゲイルは勝手知ったる様子で、寄ってくる子供たちを蹴散らすように進む。必死について行くと、右側にある小さなデスクが並んでいる部屋へと入っていった。代筆屋のようだったが、それぞれのデスクの前面には違った色の布が垂らしてある。
「いろんな色があるね」
「担当の書類が違うのさ」
ゲイルは青い布のデスクの前に並び、順番が来ると小銭を払って代筆してもらった。
「さあ、これを持て」
出来上がりを渡され、シルフィは紙面に目を落とした。が、いかんせん、文字が読めない。
「なに、これ」
「申請書だ。おまえの新しい人生が、紙切れとしち面倒くさい手続きから、まずは始まるのさ。認王国に栄光あれ」
皮肉めいた口調でそう言うと、スタンプを押してもらう列に並ぶため、さっきのホールへと戻った。
この世界は、”地律” と呼ばれる、ある種の魔法のような秩序のもとで成り立っていた。
土地、あるいは環境に根ざした魔力が存在し、それを司るそれぞれの神がいた。それらにはいわば ”担当の管轄” があり、生き物はその加護を受けなければ、なにもかもが立ちゆかなくなる。
今まで陸地でしか活動していなかったシルフィは、この国の地の神の加護を受けていた。 ”風呼び” の見習いになるのなら、まずは海の神の管轄する世界へと加わる申請をする必要がある。風の神殿にも申請が必要だったが、陸から離れた島にあるため、後回しにするという。
「神殿なんて、初めてだ」
地の神の加護は生まれてすぐに申請したきりだ。つまり、自分は赤ん坊だったので記憶にまったくない。
ゲイルは皮肉な笑みを浮かべた。
「あんなところ、行かないで済むんなら、できるだけ行きたくないけどな」
「なんで?信心深くないから?」
「信心どうこうの問題じゃない」
「どういうことさ」
「行きゃあわかる」
人や物でごった返す港湾作業場を抜け、灯台のある岬へと向かう。岬の根元に当たる場所には見晴らしのいい緩い傾斜地があって、神殿はそこに建てられていた。
石造りの大きな建物で、周りを囲む回廊には古代風の太い石柱が何本も並んでいる。石材はすべて、貴重な乳白石が使われていた。
建物の正面の破風の部分には、海の神とその大勢の娘たちの精巧な彫刻が施されている。
初めて近くで見た壮大な造りに、立ち止まって大口を開け見とれていると、ゲイルに背中を小突かれた。
「入るぞ。行儀よくな」
柱の間を抜け入ると、左右に分かれた大きな階段がまず目に入った。その手前には大きな石のカウンターがあり、そこに揃いの巫女の衣装を着た三人の女性が座っていた。
それぞれの前には人が長い列を作っている。順番が回ってくるとなにやら紙片を差し出す。すると、女性が手に持ったスタンプを押し、紙を返す。それを持って、人々は奥の通路や階段へと進んでいった。
その様子は、神殿というより、役所だった。初めてきたシルフィはまだまだ好奇心いっぱいなので見ていて面白かったが、他の誰も彼もが、疲れた顔をしていた。ゲイルの言っていたことが、なんだかわかるような気がした。
ドーム型の高い天井はただでさえ音が響きやすい造りなうえ、並んでいる間も愚痴や目論見をのべつまくなしに喋り続ける人々がいるせいで、建物のなかはひどく騒々しかった。あげく、案内で小金を稼ごうとする子供たちがありこち走り回って、ひっきりなしに客引きをしている。
壮麗で神聖なはずの場所が、世知辛さで満杯になっているのは、なかなかに皮肉な絵だ。
「こっちだ」
ゲイルは勝手知ったる様子で、寄ってくる子供たちを蹴散らすように進む。必死について行くと、右側にある小さなデスクが並んでいる部屋へと入っていった。代筆屋のようだったが、それぞれのデスクの前面には違った色の布が垂らしてある。
「いろんな色があるね」
「担当の書類が違うのさ」
ゲイルは青い布のデスクの前に並び、順番が来ると小銭を払って代筆してもらった。
「さあ、これを持て」
出来上がりを渡され、シルフィは紙面に目を落とした。が、いかんせん、文字が読めない。
「なに、これ」
「申請書だ。おまえの新しい人生が、紙切れとしち面倒くさい手続きから、まずは始まるのさ。認王国に栄光あれ」
皮肉めいた口調でそう言うと、スタンプを押してもらう列に並ぶため、さっきのホールへと戻った。