文字数 1,680文字
「タイコォ!」
あちこちに散らばって、人質を見張っていた手下たちは、自分たちの首領が捕えられていることに、明らかに動揺していた。
持ち場を離れ、ケリーソンたちのいる船尾へと、無意識に全員が移動する。
「動くな! おまえらの
ケリーソンが銃口をギャンタイコォの後頭部にぐりぐりと押しつけると、手下たちの動きが止まった。
その隙に、自分から一番近いフォアマストの根元にシルフィは忍び寄った。
後ろ手に縛られ、足首もロープで固定されてしまっている五人が、ぐるっとマストを取り囲むように縛りつけられている。
腰に巻かれたロープは同じ一本の長いもので、誰かが暴れると他の四人が締めつけられるようになっていた。
五人のなかで一番近くにいたのは、リッチーだった。
持っている短剣を無言のままで見せ、これから結び目を切ることを示すと、顎を動かして、切る場所を指示してきた。なにか思惑があるらしい。
示されたとおり、まずは、手首のものを切り、それから腰に巻きつけられているものの、手のすぐ近くの部分を切る。
それが床に落ちないように、リッチーは手で受け止めた。そうしていると、まだ縛られたままでいるように見える。そうやって相手を油断させ、不意打ちをするつもりらしい。いいアイデアだと感心した。
シルフィはキッチンから持ってきていたフルーツナイフをその手に握らせた。
次に、ハッチカバーの陰に隠れ、続けてメインマストに近づこうと機会を窺った。
「こいつを殺されたくなかったら、武器を捨てろ!」
一連の流れを見ていたケリーソンが、このタイミングで怒鳴る。注意を引いてくれたのだろう。
海盗賊たちはお互いに顔を見合わせていたが、ひとりが武器を床に置くと、渋々ながらも次々と同じように従った。
これと同時に、リッチーが持っていたロープの切り口を落とした。
まず隣にいた水夫の手首のロープを切ると、近くに放棄して積んであった武器の山から、剣を取って渡す。
すぐに同じことを他の人間にし始めたのを見ると、自分はメインマストに斧を持って近づき、一気に振りおろしてロープを切った。
最後にミズンマストに縛られていた連中も同じように解放する。
自由になった面々は武器を取り直すと、おのおのが海盗賊のそばに、いつでも攻撃できる姿勢で立った。
完全に、船のコントロールは取り戻された。そう見て取ったケリーソンは、続けて指示した。
「自分たちの船に帰れ」
何人かが、諦めた表情で舷縁のロープへと近づき、戻ろうとし始める。
その時だった。
不敵な笑い声をあげた者がいた。
「やっちまえばいい」
ケリーソンたちからあまり離れてはいない位置に立っていた、アイユと呼ばれていた屈強な大男だ。
「なに!?」
思いがけない言葉に、誰もが一瞬ぽかんとした。
「ケチくさいそいつに従うのにも、いいかげん、うんざりしてたんだ」
そう言って、甲板に唾を吐く。
「今だってそうだろ。金貨がどれだけあるのか俺たちに知られたくなくて、ひとりで見にいきやがった」
苦々しげな口調は、この不満が、今急に思いついたことではないのを感じさせる。
「おかげで、まんまと反撃くらってやがる。バカ丸出しじゃねえか、やってらんねえ」
鬱憤を晴らすかのように滔々とまくしたてると、周りにいた人間を敵味方関係なく吹っ飛ばし、あっというまにケリーソンたちの前まで船尾楼を駆けあがった。
向き合ったと思うと、手にしていた斧を大きく振りかぶった。
ケリーソンはとっさに邪魔なギャンタイコォを突き放し、銃を構える。
しかし、間に合わなかった。
左の肩口から右下へと、斜めにざっくりと切られ、血が噴き出した。
たまらず膝をつき、しばらくその姿勢で耐えていたが、結局前のめりに倒れこんだ。
「船長! 船長ぉぉ!」
甲板の乗組員たちが叫び出す。
アイユはすぐに取り囲まれ、組み伏せられた。
海盗賊たちまでもがあっけにとられ、反撃に転ずるのも忘れたようだった。
ギャンタイコォはその隙に海に飛び込み、逃げ出す。
そして、船体が、突然細かく揺れ始めた。