- 2 - 奪いにきた者たち

文字数 1,323文字



 船内に降りたシルフィは、どこに隠れようかしばらく迷った。
 いつも内部で忙しく働いている者たちも総動員で甲板に出てしまっているので、妙に風通しが良くなっているような錯覚に陥る。
 いつも我が物顔でのっそりと歩き回っているミスター・クラムビーも、きなくさい雰囲気を感じとったのか、どこかに隠れてしまって気配がまったくない。
 急に知らない場所に変わってしまったようで居心地悪く感じながらも、さらに下の層にあるキッチンに向かうことにした。
 コックのブルーノが、小さな隠し貯蔵部屋を造ってあるのを、偶然見てしまったことを、思い出したからだ。ライムを潰した汁を運ぶ手伝いをしたときのことだった。
 その小さな扉の前には、さまざまな道具や食材がブルーノ独自の流儀で所狭しと並べてあるせいで、予備知識のない者には、まずわからない。
 もうすぐ寄港地に着く予定だったので在庫もあまり残っていないはずだ。シルフィひとりくらいの身体の大きさなら、じゅうぶん隠れることができるだろう。
 扉を開けてみると、推測したとおりだった。
 それでもなかから、大事に貯蔵してある大小の瓶や壺をさらにどかし、できた隙間に膝を抱えて座った。
 しかしそうしていると安全ではあるのかもしれなかったが、真っ暗闇なのもあいまって、悪い想像ばかりが頭に浮かんできてしまう。
 頭の上からは木材を伝って足音の響きが聞こえてくるのがせいぜいで、実際のところどうなっているのかは、さっぱりわからない。
 幼い頃眠る前に母親のホリーが聞かせてくれた昔話の海盗賊たちのことを思い出す。
 粗野でがめつい乱暴者ばかりで、人を殺すのもなんとも思わないような連中だった。
 甲板でまさに今戦っている仲間たちの誰かが殺されるかも、と思うだけで、震える背中を冷たい汗が流れ落ちる。
 しばらくは短剣の柄を握りしめたままじっと座っていたが、すこし時間がたつと、自分にもっとできることがあるのではないかと思い始めた。
 手始めに様子を窺ってキッチンに出ると、肉切り包丁やナイフ、先の尖っている金属の串など武器に使えそうなものを集め、大きなビネガー樽の裏にまとめて隠しておく。
 そんなことをしているうちに、ふと、誰かの声が聞こえてきた。

「おまえは下から順番に確認しろ。俺は上からいく」

 船内を見回るために、誰かがおりてきたようだ。
 つまりは、甲板での勝敗はもう決まってしまったということだろう。
 シルフィは唇を噛み締める。
 すぐにでも仲間を助けにいきたかったが、しかし今飛び出していくのは得策ではない。そう考え、渋々ながら貯蔵所の小さな扉のなかに戻った。
 ドタドタと荒々しい足音が船内を巡っているのがかすかに聞こえる。
 キッチンにも近づいてきたが、シルフィの目論見通り、ごちゃごちゃと物の並んでいるのを入口からざっと見ただけで去っていったようだ。
 それでもしばらくは息を殺し続けて、ようやくもう大丈夫だと確信してから、一度だけ大きく息を吸った。
 音をたてないように用心しながら扉をそっと開け、キッチンの入口わきに隠れながら耳を澄ます。

「確認が終わったら、さっさと甲板に戻れ!」

 野太い、三人めの怒鳴り声が上の階層、船長室の方向から聞こえた。

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