- 2 - 白い霧のなかで
文字数 1,396文字
デヒティネは針路変更をしたあとも、南東の風をつかまえ、快晴のもと順調な帆走を続けていた。
不慣れな海域とはいえ、熟練の乗組員たちだ。すぐに難なく舵も帆も操り、むしろ予定していた航路よりも早く目的地に着けそうだった。
船首像のレイディも、鼻歌まじりでずっと機嫌がいい。
「変な噂ばっかり聞いてたけどな。全然そんなことないよな」
ピーティーがいつもの世間話のなかで、そう言った。
「あれなんじゃねえか?順調過ぎて気がゆるむ、それで事故起こしちまうって話に尾ヒレがついたんだと、俺は踏んでるんだけどな」
檣楼に座って、シルフィと一緒に休んでいるときだった。
ゲイルは、部屋に戻って休んでいた。
強引に風を呼ぶ必要もなく、ときどき調整目的の指笛を吹けばいいようなこんなときは、シルフィに任せてくれるようになっていたのだ。ピーティーも操帆はしばらく放っておいても大丈夫なので、時間つぶしがてら檣楼に休みに来ているのだった。
上空では、風は長々と続く魚の群れの姿を取っていた。
海中にも魚の群れがいるのか、見下ろすと、ときどき水面に近づいた魚の鱗が、太陽の光を反射してきらきらと光った。
こんなふうに、空中と海中が連動しているような偶然も、ときには起こることがあるそうだ。
海中に潜ったことのないシルフィは、海のなかも空と似ているのだろうか、と想像するしかなかった。
「変な噂って、なにさ」
シルフィは訊いた。
ピーティーはおしゃべり好きで、船内事情にも詳しかったから、いい情報源だった。必要以上に偉そうにすることもないし、シルフィのような新人には、ありがたい存在だ。
「ここらの海域を通ると、いつのまにか、水夫が何人かいなくなってるんだってさ」
「いなくなる?いつのまにかって、どういうことさ」
「いなくなったところを、誰も見てないらしい」
「隠れて海に飛び込んだり、逃げ出したり、そういうこと?」
「でも、なんのために?島も港もない海域だぜ」
「自殺?」
「生死の境を何度も行ったり来たりしてる熟練の船乗りが、わざわざ海に飛び込んで?まったくあり得ない話でもないかもしれんが、それが何人も、よりによって同じ海域で、ってのはおかしくないか」
「死体はあがったの」
「いや。とにかく、姿が消えてるんだってよ。持ち物もなんもかんも残して」
そこまで話してから、ピーティーはシルフィの顔をじっと見つめた。こういう態度には覚えがある。怪談話をして相手の反応を窺っているのだ。
それにひっかかってたまるか、と、シルフィはわざとさめた言葉を返した。
「それ、ホントの話なの。病気で死んじゃったヤツのこととか、船が起こした事故のこととか、ごまかそうとしてるんじゃないの」
ピーティーは反論せず、頷いた。どうやら、怖がらせようとしてしている話はではなかったらしい。
「そうそう、なんかごまかしてるんじゃないか、って勘繰りもあったんだよ。船主たちの調査も当然入ったろうが、その結果がどうだったかなんて、聞いてないしなあ」
「ふぅん……」
航海は、ある種運任せでもある。技術や理屈ではどうしようもないことも、当然起こるとう前提に、誰もが慣れている。
だからか、こういった不思議な、伝説とも噂ともつかない話はいくらでもあったし、誰もが好んで口にした。
調子が悪くなったらそれを思い出すし、調子が良ければ笑い飛ばす。そんな種類の話だ。
そのはずだった。
不慣れな海域とはいえ、熟練の乗組員たちだ。すぐに難なく舵も帆も操り、むしろ予定していた航路よりも早く目的地に着けそうだった。
船首像のレイディも、鼻歌まじりでずっと機嫌がいい。
「変な噂ばっかり聞いてたけどな。全然そんなことないよな」
ピーティーがいつもの世間話のなかで、そう言った。
「あれなんじゃねえか?順調過ぎて気がゆるむ、それで事故起こしちまうって話に尾ヒレがついたんだと、俺は踏んでるんだけどな」
檣楼に座って、シルフィと一緒に休んでいるときだった。
ゲイルは、部屋に戻って休んでいた。
強引に風を呼ぶ必要もなく、ときどき調整目的の指笛を吹けばいいようなこんなときは、シルフィに任せてくれるようになっていたのだ。ピーティーも操帆はしばらく放っておいても大丈夫なので、時間つぶしがてら檣楼に休みに来ているのだった。
上空では、風は長々と続く魚の群れの姿を取っていた。
海中にも魚の群れがいるのか、見下ろすと、ときどき水面に近づいた魚の鱗が、太陽の光を反射してきらきらと光った。
こんなふうに、空中と海中が連動しているような偶然も、ときには起こることがあるそうだ。
海中に潜ったことのないシルフィは、海のなかも空と似ているのだろうか、と想像するしかなかった。
「変な噂って、なにさ」
シルフィは訊いた。
ピーティーはおしゃべり好きで、船内事情にも詳しかったから、いい情報源だった。必要以上に偉そうにすることもないし、シルフィのような新人には、ありがたい存在だ。
「ここらの海域を通ると、いつのまにか、水夫が何人かいなくなってるんだってさ」
「いなくなる?いつのまにかって、どういうことさ」
「いなくなったところを、誰も見てないらしい」
「隠れて海に飛び込んだり、逃げ出したり、そういうこと?」
「でも、なんのために?島も港もない海域だぜ」
「自殺?」
「生死の境を何度も行ったり来たりしてる熟練の船乗りが、わざわざ海に飛び込んで?まったくあり得ない話でもないかもしれんが、それが何人も、よりによって同じ海域で、ってのはおかしくないか」
「死体はあがったの」
「いや。とにかく、姿が消えてるんだってよ。持ち物もなんもかんも残して」
そこまで話してから、ピーティーはシルフィの顔をじっと見つめた。こういう態度には覚えがある。怪談話をして相手の反応を窺っているのだ。
それにひっかかってたまるか、と、シルフィはわざとさめた言葉を返した。
「それ、ホントの話なの。病気で死んじゃったヤツのこととか、船が起こした事故のこととか、ごまかそうとしてるんじゃないの」
ピーティーは反論せず、頷いた。どうやら、怖がらせようとしてしている話はではなかったらしい。
「そうそう、なんかごまかしてるんじゃないか、って勘繰りもあったんだよ。船主たちの調査も当然入ったろうが、その結果がどうだったかなんて、聞いてないしなあ」
「ふぅん……」
航海は、ある種運任せでもある。技術や理屈ではどうしようもないことも、当然起こるとう前提に、誰もが慣れている。
だからか、こういった不思議な、伝説とも噂ともつかない話はいくらでもあったし、誰もが好んで口にした。
調子が悪くなったらそれを思い出すし、調子が良ければ笑い飛ばす。そんな種類の話だ。
そのはずだった。