文字数 939文字

 そこまでは、港のすぐ近くで育ったシルフィには、馴染みの光景ではあった。だがずいぶん違っているのは、その色彩の豊かさだった。
 アーンバラの港で働く人々は、たいてい黒か茶、紺といった汚れの目立たない、地味な色合いの服装をしていた。建物の壁や屋根も霧や雨が多い気候のせいで、黒ずんでいるのが普通だった。
 だが、ここは違う。
 建物は明るい色で塗られ、あちこちに植えられた木や花は濃い緑色に負けないほどの強い色の花が咲いている。香りも強い。
 そしてなにより、人々の衣装。
 ゆったりとしたデザインの服に使われている薄手の生地には、派手な色彩で大きな柄が描かれ、活気に文字通り彩りを与えている。しかし見慣れていない人間からすると、見ているだけで目がちかちかしてくる。舞い上がる埃にさえ、色がついているように思えた。
 シルフィはその色の洪水に圧倒されながらも、わくわくする気持ちも抑えられなかった。自分の今まで知らなかった豊かな世界がこの大陸には存在することを、視覚で実感できたからだ。
 そこまでは塀に囲まれていて、船や通商の関係者と作業員しか入れない。
 しかしいざ塀から出ていくと、その洪水はさらに激しくなった。
 出入り口のそばにはすでに宿や店の客引きが大勢押し寄せていて、かたっぱしから出てくる船員たちの腕を引いては、大声で呼び込みをしていた。彼らは商売柄か、港湾作業員よりさらに派手な服装をしていて、圧力すら感じるほどだった。
 しかし、酒や女で気を引く彼らは、ことシルフィに関してとなると、どうすればいいのかわからないようだった。まるで見えていないように、素通りしていってしまう。
 気楽と言えば気楽だが、なんだかちょっと取り残されたような気持ちにならなくもない。
 もしも万事これなら、滞在中の過ごし方にも、あまり期待は持てなそうだ。
 ちょっと落ち込んでいると、急に腕を掴まれた。
 自分にも勧誘が、と相手を見ると、ゲイルだった。そのまま手を握り、歩き始める。

「なんだよ。手なんて繋いで」

「親子連れみたいに見えるだろ。声かけづらくなるんだよ。しばらくこのままにしとけ」

 なるほど、ある種の裏技というわけらしい。それでなんとか人混みから抜け出し、自分達のペースで歩くことができるようになった。
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