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相手の船は、どんどんと近づいてきた。
今では肉眼でも、武装した敵の姿がわかるほどだった。
「しかしこの船を狙ってくるとは」
船長室から出してきた拳銃の弾を確認しながら、ニックが言う。ケリーソンは口の端を歪めた。
「金貨のことを、どこかから聞きつけたんだろう」
海盗賊だって、身の危険をおかしながら略奪に来るのだ。
だから、基本的に狙うのは、金銀財宝を積んだ船だ。
例年このあたりの海域を通るデヒティネが今まで狙われなかったのも、薬草という、かさばる割に売り先も限定された積み荷は、裏ルートで売りさばくには効率が悪いからだった。
だが、今年は違うというわけだ。
おそらく、オリ・トゥレイムカンでの取引の情報が漏れたのだろう。
海盗賊たちの情報網もなかなか侮れないものだ、と嫌でも痛感する。
そしておそらく情報源になったのは、節操のない商人たちのうちの誰かだ。
あいつら呪われろ、とケリーソンは心のなかで罵った。
甲板では手の空いた水夫たちが、武器の箱から次々とライフルや剣、槍といった武器を取り出している。
他にも手斧やナイフなど、普段から使っている道具で武器になりそうなものも、各々で持ち出してきていた。
商船であり、スピードが最大の売りであるデヒティネには、重量のある大砲は当然積んでいない。
広い海にいれば、逃げるほうがよっぽど勝算がある。デヒティネのスピードに追いつける船など、世界にも数隻しか存在しない。
しかし今はそれは難しい状況だった。下手にスピードを上げても座礁するのがオチだ。相手もそのタイミングを狙いすましてきたのだろう。
相手の船はこのあたりの地形に順応した造りをしていて、浅い水深での行動力はデヒティネに勝る。
となると、戦うしかない。
しかも、遠距離攻撃の手段を持たない以上、最初から白兵戦を覚悟するしかなかった。
さいわいというかなんというか、相手も大砲を積んでいるような船ではなかった。
デヒティネの半分ほどのサイズで、二本マスト、小回りがききやすい、機動性優先の帆と船体を持っている。
破壊するのではなく、すばやく取りつき人員を送り込んで、相手の船を乗っ取るのを戦法とするタイプだ。
ちなみに船首像は持っていない。船の精霊像は船内の祭壇にしつらえられているのが、このあたりの地での習わしだった。
武器が全員に行きわたった頃合いを見計らって、ケリーソンは銃を持った手を頭上に振りあげた。
「おまえら、覚悟はいいな!」
そう鼓舞すると、あちこちから呼応する声が返ってきた。
「俺たちが苦労した稼ぎだ! あいつらにむざむざ盗られるんじゃねえぞ!」
返る声は、さらに大きくなる。誰もが覚悟を決めていた。船乗りなら当然のことだった。
相手の船は、デヒティネの右舷につけてきた。
すぐに、先端に鉤のついたロープが何本も飛んでくる。そのうちの数本が舷縁に引っかかると、間髪入れずにまず小柄な連中がそれを伝っ側面をて登り始めた。少年のように見える者もいた。
ライフルを持った者が上から狙って撃つが、左右にひょいひょいと器用に揺れながら登ってくるので、思うように当たらない。
彼らの腰にはさらにロープがくくりつけられていて、乗り込んだとたん、後続のために手際よくあちこちに結びつけた。すぐにそれを伝ってどんどん乗り込んでくる。
気がつくと、十人以上の、いかにも百戦錬磨といった荒々しい見てくれの男たちに乗りこまれてしまっていた。
そして甲板は、あっというまに武器のぶつかり合う音と、叫び声や掛け声でいっぱいになった。