文字数 1,127文字

 老人の名前は、ムンダといった。
 このグゥリシア大陸よりさらに東にあるキェン大陸出身の孤児で、少年の頃に水夫に売られた。それ以来、二束三文でいろいろな船に雇われては、世界中を巡っていた。
 だがあるとき、乗っていた船が遭難した。グゥリシア大陸の西側沿岸を北上する予定だったのが、嵐に遭って沖合へと流され難破したのだ。
 救命ボートにも乗らせてもらえず、残骸の板に掴まって漂流しながら死を覚悟していたが、嵐が去ったあと、不思議な島へと流れついた。
 そこには、実のなる数種類の木と、魚の多く棲むサンゴ礁があった。浜に流れつき、一番近い木によじ登って取った実をむさぼり食っていると、黒い巻き毛の若い女性が近づいてきた。
 彼女はムンダを、浜の近くにある唯一の集落へ連れていってくれた。その端にある自分の小屋に寝泊まりさせ、面倒まで見てくれた。
 自分の世話をしてくれる若く美しい女性に、ムンダが恋をするのに時間はかからなかった。
 彼らの言葉を覚え、習慣にも馴染み、まわりの人間から夫婦として扱われることにも、すぐに慣れていった。お返しに船乗り語を教えたのもムンダだった。
 島は一年じゅう暖かく、過ごしやすかった。木の実や海の幸も豊かで、凍えたり飢えて死ぬ心配をすることもない。
 生まれたときから腹いっぱいになったことなどなく、次の日の自分の行く末さえ不安な生活しか知らなかったムンダにとって、それはまるで夢のような生活だった。
 なにより、初めて家族と呼べる存在ができたのだ。有頂天になるのもしかたなかった。
 だがその恵まれた生活環境のわりに、島の住人は多くはなかった。
 さらに不思議なことにほとんどが女性で、色々な年代の者がいたが、なぜか男性は子供か若者しかおらず、老人はひとりもいなかった。自然と、海に潜って貝や魚を取ってくるのは女たちの仕事で、それはいつも夜だった。
 ムンダは一度手伝おうかと申し出たが、断られた。
 しかし、夜の海なんて危険なところに妻だけを行かせるのが心配で、あるとき、こっそりと漁を覗きにいった。
 彼女たちが潜っている場所には、一艘だけ木を簡単に組んだ(いかだ)が浮かんでいて、一人が流されないようにするためか、それに乗って番をしていた。海中から出てくると採ってきたものをそこに上げ、つかまってしばらく休んでは、また潜る。それをみんなが繰り返していた。
 しかししばらく見つめているうちに、あることに気づいた。
 水に潜っている女たちの下半身が、魚の形をしていた。いつも集落で見るときは二本足の女性もそうだったし、なにより、恋人の姿が同じようになっていた。
 驚いて逃げ帰り、小屋で恋人の帰りを待った。
 自分の見たものを話すと、ようやく、事情を話してくれた。
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