文字数 1,646文字



 救出された人間たちの手当や食事の世話が甲板でされている頃、船室ではジェラニが船の持ち主アジゲに話を聞いていた。

「とにかく、ずっと仕事がなかったんだ。家族だって食わせてやらなきゃならない。いい話だと思ったんだよ」

 言い訳をしきりと口にするのは相手にせず、単刀直入に訊く。

「誰に頼まれた」

 実は、かなり前から人さらいの噂はみんなの間で囁かれていた。しかし、証拠らしい証拠もなく、誰が仕組んでいるのかもわからなかった。今回のことで、突破口が開けるかもしれない。
 ジェラニはドアから顔を出し、自警団で団長をしているキファルを呼んだ。一緒に話を聞いたほうがよさそうだからだ。
 狭い室内に、体格のいいジェラニとキファルが並ぶと、それだけで威圧感がある。アジゲはますます身体を縮こまらせた。

「ちょうど今、依頼した人間が誰なのか訊いていたところだ」

「ああ」

 二人のやり取りを、アジゲは黙ったまま見ていた。

「おい、おまえ」

 その態度が気に入らないキファルは、顎をしゃくりながら声をかけた。

「わかってるのか。ジェラニはクザ族の長だぞ。しかも族長間会議の議長だ。睨まれたら、この大陸で商売なんて、二度とできなくなるぞ」

 アジゲは目を剝いた。しばらくその小賢しい頭をフル回転して損得を計算していたようだが、ようやく結論が決まると、機嫌を窺うような卑屈な目つきで話し始めた。

「身なりのいいやつに頼まれたんだ。空いてる船を探してるって。急ぎだから倍払うって言われた。積み荷は木箱二つだけ。いい話だと思ったんだ。特殊な魔法を使えるから、水夫も雇わなくていいって」

「丸儲けってわけか。あれが外律魔法だとは気がつかなかったのか?」

「気がついたときには……」

「ああ、遅かったわけか」

 キファルがせせら笑う。

「それで、その身なりのいい男はどんなヤツだ。容姿を詳しく説明してみろ」

 アジゲが説明したのは、実は、ケリーソンが声をかけられた男と同じだった。だが、それを知る者はここにはいなかった。

「そいつが誰だか、心当たりがあるな」

 ジェラニは口元に手をやる。考えるときの癖だった。

「誰だ?」

 なにげなく聞いたキファルに、耳打ちをする。

「ゴールドんとこの!?」

 叫んだキファルの胸を叩く。囁いた意味が台無しだからだ。
 その名前に、アジゲの顔がさらに青くなった。

「やばい、殺される。マジで殺される。なんとかしてくれよう!」

 必死な形相に、ジェラニもさすがに気の毒になってきた。

「逃げるなら、手を貸してやってもいい。内陸になら、つてはある」

「なんでもいい! なんでもいいよ!  もう海の仕事はごめんだ。船だって手放したかったのにずっと売れなくて……」

 訴えかけてくるのに、ジェラニはしばらく思案したあと、懐からコインのたっぷり入った革袋を取り出した。

「これで船を俺が買い取ろう。どうだ? 状態からしたら、悪い値段じゃないと思うが」

 袋のなかを確認したアジゲは、にんまりと微笑む。

「こんなにもらっていいのか?」

「急いで逃げるとなると、色々と金もかかるだろう」

「ありがたい! じゃあ俺はさっそく……」

 そう言って駆け出そうとするのを呼び止め、腕を出させた。

「なんだ?」

「俺の関係者だってわかる印を書いておいてやる。困ったらクザ族の人間を探して見せれば、力になってくれるだろう」

「助かるよ、ありがとう」

「とにかく一刻も早く、この街を出るんだ。ゴールドの権力も、街の外までは及ばない」

「ああ」

 状況に似合わない上機嫌で出ていく背中を眺めていると、キファルが呆れて言った。

「いいのか。あんなに気前のいいことして」

 それには、肩を竦めてみせる。

「元凶じゃないあいつをどうこうしたって、しかたないだろう。それより、ゴールドだ。沖合、たしかヤツの持ち物の小さな島があったよな」

「ああ、そういえば……。ってことは、この船で行こうとしてたのは、その島か」

「そろそろ、好き勝手に仕切らせるのも、考えなきゃならんな」

 ジェラニはそう言うと、船室から甲板へと出た。

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