- 3 - 誉高き船

文字数 942文字

 ゲイルは港に戻ると、水夫向けの安宿へと入った。カウンターにいた店の女主人が馴染みなのか、気安そうに声をかけてくる。

「おや、ずいぶんちっちゃな女の子連れてるじゃないか。隠し子がいたのかい」

「バカ言え。預けてあるブラストの荷物、出してもらっていいか」

「ああ……」

 女主人はなぜか急に神妙な顔つきになった。
 背後のカーテンをくぐって奥へ入り、しばらくすると小さなトランクを持って出てくる。

「はい、これ。処分でもするのかい」

「いや、こいつに譲ろうかと思ってな」

「ああ、そう……」

「有効利用できるんなら、あいつも喜ぶだろうし」

「ああ、そう……。そうだね」

 女主人は頷き、トランクを渡した。
 ゲイルはカウンター前のベンチでそれを開く。中をしばらく物色したあと、シャツとズボンの一式を取り出した。着古されてはいたが、きちんと洗濯された清潔なものだった。

「着てみろ」

「えっ、ここで!?」

 さすがに戸惑っていると、見かねた女主人が声をかけてくれた。空き部屋を使わせてくれるという。
 この手の服を着たのは初めてだったが、父親の着替えを思い浮かべてなんとか形になる程度に身につけると、ゲイルに見せた。

「ふん。まあなんとかなりそうだな」

「貰ってもいいの」

「ああ。処分もできなくてな。どうせ手放すのなら、ちょうどいい機会だろう」

「ブラストって奴は文句言わないの」

「言わないな」

「なんで言い切れるのさ」

「でも、いくらなんでもぶかぶか過ぎるな。おまえ、痩せっぽちだな」

 急に話題を変えた。
 こういうとき、無理に話を軌道修正してもまともな話は聞き出せないだろうとシルフィは判断した。きちんと見習いになれたなら、これからのつきあいは長くなる。いつかまた事情を訊ける機会もくるだろう。
 だから、変えた話題のほうに続くことにした。

「母さんに詰めてもらうよ。こういうの、すごく上手なんだ」

「そうか。じゃあ、そうしてもらえ。今はそうだな……とりあえず」

 そう言って、ボタン吊りの紐をあちこち結んで、長さを調整した。袖も捲れば、なんとか身動きは取れるように出来上がった。大事な書類は、胸の内側に入れた。

「よし、じゃあ行くぞ」

 ゲイルはトランクを返すと、さっさと宿を出る。港に着くとボートを雇い、いよいよデヒティネへと向かった。
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