文字数 1,509文字

 ちょっとでもできた空間を埋め尽くそうとするように行き交う人々のあいだを器用にひょいひょいと避けながら道を行き、ようやく市場の出入り口前の広場に着いた。
 そこにもすでに色々な店が並んでいた。もっとも、常設ではないのだろう。みな荷車の上に直接商品を置いていたり、手に持ったカゴに入れたままや、肩に担いだ棒に吊るして売っている者など、すぐに移動できるような状態で商売をしている。
 この光景は、シルフィも身に覚えがあった。取り締まりの役人が来たら、すぐに逃げられるようにしているのだ。
 市場のおまけのようなその場所を通り過ぎようとすると、荷台が並んだ奥のほうで、なにか言い争う声が聞こえた。そのあとすぐ、体格のいい柄の悪い男が二人、手に木箱を抱えて出てきた。
 布地が内張のようにかけられ、鮮やかな青い色の果物がなかに並べられている。陳列していたもののようだ。
 二人はのしのしと歩いてその場を離れようとしたが、それを追って、違う若者が飛び出してきた。目の周りが腫れ、口から血が出ている。どうやら、強く殴られたようだ。
 彼は先に出てきた二人組に、なにかを必死に訴えかけてきた。現地語なのでシルフィには内容はわからなかったが、両方ともがしきりと「ゴールド氏」という言葉を使っているのには気がついた。身振りなどから判断するに、怪我した若者が売っていた商品を、体格のいい二人組が奪ったように見える。
 周りで見ている連中は眉をひそめながらも、誰も口を出すつもりはないようだった。
 なにかができる、と思ったわけではない。
 それでもつい、シルフィは一歩踏み出した。しかし、その肩をぐっと掴んで止めた者がいた。振り向くと、杖をついた老人だった。

「やめておきなさい」

 船乗り語で言われた。

「でも」

 シルフィが言い返そうとすると、首をふってみせる。

「あの若者は、所定の場所代をずっと踏み倒していたんだ。これですこしは懲りたろう」

「そう、なんだ……」

「ここにはここのルールがある。通りすがりのよそ者が、ぱっと見で口出しするのはいいことじゃない」

 そう(さと)され、シルフィは嫌々ながらも頷いた。
 やがて縋りついていた若者は諦めたのか、地面にうずくまってしまった。それに構わず、二人組は木箱を持ったまま、立ち去っていった。
 彼らの姿が見えなくなったとたん、周りにいた連中が若者に声をかけ、慰めるように肩に手を置く。
 杖をついた老人は、いつのまにかいなくなっていた。
 なんとなく心残りを感じながらも、その集団を離れ、シルフィは市場の入口へと向かった。
 白い屋根の下に入ると、外とは違う音の聞こえ方になり、まるで別世界に入ったようだった。この地の人々の話す言葉はリズミカルで、音が反響するこんな場所では、言葉の忌みがわからないシルフィには、まるで打楽器を打ち鳴らしあっているように聞こえた。
 さらに陽射しを直接受けなくなるだけで、さっきまでじりじりと焼かれるようだった皮膚の表面が、一瞬休めるように感じた。
 シルフィは大きく息を吸い、ゆっくりと歩き出した。
 見たこともない魚や、動物の肉を売る商店がまず入口そばにあり、独特の匂いがあたりに漂っている。それを通り過ぎると今度は野菜や果物、次は香辛料や乾物……。アーンバラのそれらより何倍も強い、それらの色や匂いを楽しみながら、シルフィはゆっくりと歩いた。
 ひと通り食べ物に関係するものを売っている区画を過ぎれば、次は生活用品だ。
 鍋に壺、敷物に掛け布、履き物に服、そして布や糸。そこの一角に色とりどりの粉のつまった瓶を置いている店があり、シルフィはそれがなんなのかわからなくて、つい好奇心から足を止めて見つめた。
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