文字数 1,409文字

 三日ほどかけて、デヒティネは内海を抜ける予定になっていた。
 外海へと出れば、まずは南へと下り、グゥリシア大陸北西の港、ポート・マジグを目指すのだ。
 天候もよく、波も穏やかで、順調にいくはずだった。
 しかし、二日目の午後、物見役がこちらに近づいてくる不審な船影を見つけたあたりから、様子がおかしくなってきた。

「商船か」

 知らせを受けたケリーソン船長が、船首楼に上がって遠眼鏡を覗く。

「わかりません。船籍の旗すら掲げてない」

 二等航海士ジェリーも同じように自分の遠眼鏡を覗きながら答える。一等航海士のニックは船尾楼で舵輪(だりん)をいつでも回せるよう握り、指示に備えていた。

「偽装してやがるな……略奪船のフリか。どうせどっかの戦艦が、小競り合いの八つ当たりをしにきたんだろう」

 ケリーソンがぶつぶつ呟く。
 この広い内海では、トライゴズ認王国・ルコーオヴル王国・イシャファ=ポータ連立王国の沿岸三国の海軍が、制海権を争って四六時中やり合っている。
 この三国のあるヴァーイ大陸はいくつもの高い山脈が縦横無尽に走っていて、陸路での大量輸送は見込めない。そのため海運の確保が国家経済を左右するためだ。
 基本的には武装している海軍どうしがやりあっているのだが、時々商船もこの諍いに巻き込まれることがある。
 めぼしい船の拿捕や、積み荷を奪うことで、戦績の悪さを補おうとするのだ。

「嫌な予感がする。逃げ切れるんなら、逃げ切りたい」

 ケリーソンはそう言って、甲板に降りていたゲイルに、檣楼に登るように命じた。文字通り順風満帆だったので降りてきていたのだ。すぐにシルフィを連れて上へと戻った。
 本来のデヒティネなら、速度が売りのクリッパー船だ。そこらの船ならあっという間に振り切ることもできる。
 ただ今は、重い氷が積み荷なので、最高速度を出すのは難しい。少しでも多くの風を呼びよせる必要があった。

「補助帆を張れ、スピードを上げるぞ!」

 その言葉に、甲板長のJB(ジェービー)がすぐに操帆手たちに指示を出す。ピーティーが真っ先にロープに手をかけた。
 次の指示は操舵手のニックへだった。

「進行そのまま、ただし頃合いを見て左に抜けるぞ」

「アイ、サー!」

 シルフィたちが檣楼に着いたころには、さっきまでは遠眼鏡を使わなくては見えなかった船影が、肉眼でも見えるほどになっていた。
 船はすでにスピードに乗り始めていたので、マストの上部では強烈な風に晒され、身体を持っていかれそうになる。急いで命綱を身体に縛りつけた。
 必死に風を呼ぶが、相手の船の風呼びの腕も相当なもののようだった。デヒティネの帆の周りに風の馬を集めても、すぐに形が横に崩れ、相手の船へと流されてしまう。
 前方から押し寄せてくる風も、いつしか手前で相手方向へと向きを変えてしまうようになった。
 結局数十分後にはかなり近くまで追いつかれてしまう。
 近寄ってくる船は、かなりずんぐりむっくりとしたシルエットだった。ゲイルが言ったとおり、戦艦なのだろう。大砲を積んでいるとどうしても横幅のある造りになる。
 デヒティネの進行方向に割り込むように近づいてくると、右側面をこちらに向けた。そして偽装のためカーテンのようにかけていた布を一気に取り払う。

「シルフィ、マストに掴まれ!」

 それを見たゲイルが指笛をやめ、叫んだ。有無を言わせぬ口調に、急いでその通りにしたとたんだった。

 どぉん。

 とんでもない衝撃が、船を襲った。
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