文字数 1,150文字


 それから三日後の早朝、デヒティネはいよいよ出発することになった。上質の染料をたっぷり積んで、飲料水も食料も充分だ。船倉の隙間が減って、下級船員たちがボヤいているほどだった。
 港には、ジェラニとティシャの親子が、見送りにきてくれていた。奥まった場所に停泊してる、例の船も見えた。

「これ、船で食べなよ。一週間は持つよ」

 そう言って、ティシャが地元の果物や加工肉、焼き菓子を詰めこんだ袋を持たせてくれる。

「ありがとう。大事に食べるよ。それに、これ」

 腕の鳥の絵を見せる。

「消さないでおくよ。いつでもティシャのこと、思い出せるように」

「今度寄ったときは、もっと凝った模様を描いてあげるよ」

 絵を指先で撫でたあと、そう言ってティシャは笑った。

「うん。今度、またね」

 シルフィが噛みしめるように言うと、顔をくしゃくしゃにした。

「やだなあ。また会えるよ。絶対だよ」

「うん」

 二人はしっかり抱き合って、頷き合った。
 不思議だった。
 生まれも育ちも全然違うというのに、なぜか双子の片割れを見つけたような、そんな気持ちだった。だから、こんなに別れがつらい。

「じゃあね」

 何度も振り返りながら、デヒティネに乗り込む。
 すでにみんな配置につき、それぞれの作業に没頭している。
 キャビンに荷物を放り込み、シルフィも檣楼へと登っていった。
 すでに待機していたゲイルが、身体をずらして場所を空けてくれる。

「なんだ、泣いてるのか」

 からかい半分、心配半分の声音で言われ、シルフィは目を擦った。

「泣いてなんかいない」

「そうかい」

 強がりも意に介さないのか、視線を空中に戻すと、指笛を吹き始めた。
 シルフィは下に目をやり、こちらを見上げているティシャとジェラニに手をふった。気づいて振り返してくれる。
 それを見てから、今度は上空に視線を向けた。
 天気は上々。
 からっと晴れた空には、ネズミから象まで、さまざまな大きさの動物の形の風が、楽しそうに吹きまわっている。
 ゆっくり動き出すと、船首像の大あくびの音が聞こえた。ついさっきまで、眠っていたのだろう。
 海鳥たちが朝食を探して、鳴きながらあたりを飛び回っている。
 それを見ているうちに、新しい世界へと旅立つ喜びが、ふたたび蘇ってきた。
 彼らのように飛び回り、必要な時には陸地へと戻る。
 寂しいと言ったって、帰る場所がなくなったわけじゃない。いや、大切な友だちができたことで、戻るのが嬉しい場所が増えたのだ。
 自分ほど幸運な人間は、そうはいない。
 そう感じながら、シルフィはゲイルの吹き方を真似て、指笛を吹き始めた。
 これから行く先で、ティシャのような友だちが、もっと増えるかもしれない。
 その考えは、シルフィの胸のうちを、きらきらと輝く光でいっぱいに満たした。





[第三章 色彩の地 了]

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