- 4 - 落ちぶれた船
文字数 1,395文字
やけに外が騒がしいなと、甲板に出て左舷から岸を眺めたケリーソンは、なぜか大勢の歓声で迎えられた。
「な、なんだ」
岸壁には、現地の人間たちが集まって、こちらに向かって手を振っていた。
今さら入港の歓迎をしてくれているわけでもないだろうし、一体なにが起きているのか、まったくわからなかった。
「船長!」
甲高い声が矢のように、ざわめくなかからひときわ鋭く聞こえてきた。シルフィの声だ。
目をこらしてみると、どうやら、現地の人間の集団の真ん中に、若い水夫連中がいて、シルフィの小さい身体がそこから飛び出してきた。ケリーソンに縄梯子を投げるように頼んでくる。
それを登ってくるなり、沖合の船の灯りを指さし、縋りつくような声で言った。
「船長、デヒティネを出して。あの船を追って。友だちが攫われて、あれに乗せられてるんだ」
無茶なことを言いだすので、返答に困る。
予定にはもちろんなかったことだし、人員だって揃っていない。どうやって無理なことを説明しようかと考えているあいだに、縄梯子をつたってどんどん人が乗りこんできた。
「おいおいおいおい」
ピーティーやリッチー、それに航海士のニックとジェリー。それ以外にも十人ほど、有能な若手水夫がいた。つまり、最低限ならデヒティネを動かせるメンバーが揃ってしまった。嫌な予感がする。
「船長さん」
ひどく重々しい声音の男性が、集団のなかから前に出てきた。
「私はジェラニと言います。攫われたのは、私の娘なんです。船を出していただけませんか」
「しかし……」
「では、どうでしょう。私が今からこの船を短期契約で雇うというなら?お代はちゃんと後で払います」
そこまで言われて、ケリーソンも強く断れなくなってしまった。
自分にだってこれから生まれてくる子供がいる。もしも攫われたりしたら、経費なんて気にしてられない。借金してでも、地の果てまで追いかけていくだろう。
「金についての話はあとにしましょう。そういう事情ならしかたない、協力しますよ」
話が決まると、ケリーソンはすぐに水夫たちに指示を出した。なぜこんな騒ぎになっているのか、今の二人の話を聞いていたのでみな事情はわかっていた。急いで配置につく。
シルフィも力強く頷くと、檣楼へと大急ぎで登っていった。その後をゲイルが追う。
「ジェラニさん、あんたも一緒に来てください。娘さんを確認しないと。それからできれば、腕っぷしの強いヤツも何人か」
「わかりました。ありがとうございます」
ケリーソンの言葉に、ジェラニはすぐに仲間から十数人を選んだ。
「ニックとジェリーは銃を出して、いつでも撃てるようにしておけ。この手の商売してる船だと、武装してる可能性がある。さすがに大砲積んでる船には見えんが」
「アイアイ、サー」
「あとの連中は降りろ!邪魔だ!」
ジェラニがその言葉を訳し、選ばれた何人か以外はすごすごと船を降りていった。
そこに、さっき事情を訊いた二艘のタグボートが、曳航を申し出た。自分たちがなにに関わってしまったのかを理解して、せめてもの罪滅ぼしをしたいのだろう。
事情がわかれば、こうやって、次々と助けが増えていく。
人が売られることに、この港の人々もずっと怒っていたのだと、シルフィはなんとなく感じた。
「船だまりを抜けたら、すぐにスピード上げるぞ、準備しておけ!」
操帆手たちにそう指示すると、ケリーソンは自ら舵輪を握った。