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この知らせに、甲板の雰囲気が一変した。
この海域はフォントゥ最大の港、フォンムンを出入りする多くの船が行き交う。
だから、船が近くにいることは、そもそもは珍しいことではない。
だが、普通は針路が重なったり衝突したりしないように、お互い距離を取ろうとするものだ。
つまり、寄ってこようとするのは……。
積み荷を狙う
実際、このあたりは彼らの被害で有名な海域だった。
知らせを受けたケリーソンが甲板にあがってきた。
船首楼に即座に移動すると、胸元から折り畳みの遠眼鏡を出し、見張りの指す方向を見る。
「ちっ」
この地域独特の、半円のような形をした帆を確認すると、ケリーソンは舌打ちをした。
若い乙女の顔に、四枚の
この女神は光る物が大好きで、金銀財宝を積んだ船を、いたずらで沈めてしまうことさえあると言われている。
そのためこの海域に入るときには、磨いて光らせたコインや安物のアクセサリーなどを、捧げものとして先に海に投げ込む習慣があるほどだった。
そしてそんな性格に親近感を覚えるのか、海盗賊が自分たちの守護神として、好んで絵や柄に使う存在でもある。
嫌な予感が当たったと考えて、ほぼ間違いないようだ。
「どうします。スピードをあげるのは難しいですよ」
隣で同じように遠眼鏡で確認したニックが訊いてきた。ケリーソンはしばらく考えたあと、判断をくだした。
「ジェリーはそのまま操舵。ニックは何人か連れて、武器箱を甲板に出ししておけ。追いつかれたら応戦するしかない。俺は拳銃を取ってくる」
ケリーソンとニック、ジェリーの三人の拳銃以外の武器は、ふだんは鍵のかかった大箱にまとめて入れられ、船倉の奥にしまわれている。反乱に使われないためだ。
それを扱っていい権限は、船長以外では副長であるニックだけしか持っていない。
ニックは神妙な面持ちでうなずくと、何人かの力自慢の水夫を引き連れて、船内へおりていった。
「それから、シルフィ」
檣楼に登りかけていた姿に声をかける。
「おまえは船倉に隠れてろ。女が乗ってるとわかると、なにをされるかわかったもんじゃない」
その言葉に、不満で頬を膨らませる。
「あたしだって、戦える」
「わかってる。だが、万が一おまえが人質になったりしたら、みんな動揺する。こういう状況じゃ、隠れてくれていたほうが、役に立つんだ」
言い返したいところだったが、この切羽詰まったときに、シルフィひとりだけにケリーソンが構っていられる状況でもないだろう。
それはわかっているから、それ以上なにも言わずに、ひとまず指示に従った。
もちろん、相手がもし乗り込んできたら、タイミングを見計らって自分も戦闘に加わるつもりではいた。
重い武器箱を二人がかりで運び出すニックたちと入れ違いに、悔しい気持ちを抑えながら、シルフィは階段を急いで駆けおりた。