文字数 1,585文字
蝶の印を追っているうちに、シルフィたちは市街地へと戻ってきていた。
その頃にはついてくる人間たちは、通りを埋め尽くすほどになっていた。
仕事終わりの時間にかち合ったせいもあった。
帰りに一杯ひっかけながら噂話に花を咲かせるかわりに、起きてる騒ぎに便乗してやるか、といった輩が続々と加わってきたのだ。
ニックとジェリーが街に戻ってきたのも、このタイミングだった。
大通りの密集に閉口して、さっさと裏通りに抜けると、ちょうど居酒屋の外の席で飲んでいた若い水夫連中に行きあたり、声をかけられた。ピーティーやリッチーもいる。
近寄って、訊いてみた。
「この騒ぎはなんだ?」
「さあ?」
地元の情報に詳しくないらしく、みな首を傾げただけだった。ちょうど通りかかった給仕にピーティーが質問する。
「なにかを探してるらしいよ」
そういう答だった。
「街上げての宝さがしか?」
「いや、そういうわけでもないみたいだけど。あんたたちのほうが詳しいんじゃないのかい」
「なんでだよ」
「あんたたちの仲間の女の子が、先頭切ってるらしいよ」
「なんだって? シルフィのことか!」
ピーティーが立ち上がった。追いかける気になったらしい。
ナイフ捌きやらなんやら教えたりしているうちに、いつの間にか自分の妹のような気になってしまっていて、ついつい心配しすぎてしまうのだ。
「俺らも行ってみるか、どうせヒマだったし。あいつのことだから、またなんか面倒ごとに首突っ込んでるんじゃないか」
「あー、それはありそうだな。じゃあ、俺たちもつきあうか」
口々に言い、リッチーたちもジョッキに残っていた酒を飲み干し、立ち上がる。
「それじゃ俺たちも行くか」
ニックとジェリーも、またすぐ船に戻るのかとは思ったが、つきあうことにした。
どっちにしろ、乗組員であるシルフィが万が一現地人となにかやらかしたりしていたら、加勢するしかない。
そんわけで、デヒティネの乗組員のなんにんかも、列のうしろにくっついていくことになった。
先頭ではどうなっていたかというと、どんどんジェラニの表情が曇っていくのに、シルフィが不安を感じていた。
「どうしたの?」
「どうやら、港に向かっているようだが……。船で逃げられたら終わりだ。早く探しあてないと」
言っているうちに、港に着いた。
そこでシルフィにも、状況の悪さが理解できた。
今すぐ見つけるには、あまりにも、停泊している船が多かった。
絶望的な気持ちになり、へなへなと座り込みそうになる。
しかし、ついてきていた連中はといえば、あいかわらずまるで宝さがしでもしているように、あちこちに散らばって蝶の印を探し始めていた。
よくも悪くもほとんどの人間が状況をわかっておらず、ただ面白がっているだけなので、陽気ですらあった。
ジェラニやシルフィにとっては複雑な心境だったが、結局はこの意図しない人海戦術が効いた。
「あったよ!」
埠頭を見ていたひとりが、船を係留するときにロープをかける係船柱を指さしながら叫んだ。
飛び出した部分の下、ぱっと見ではわからない部分に、印がついているのをジェラニが確認した。
しかし、その脇に停まっているはずの船はない。
なんという名前の船がいたのか誰かに訊こうと相談していると、タグボートが二艘、戻ってきた。
「ここに係留してた船の名前、わかるかい」
訊くと、首をふった。
「名前は板で隠してたな。たった今、俺たちが曳航してきたとこだ」
そう言って指さしたのは少し先の沖合だった。薄闇に、帆を広げた船のシルエットが浮かび、小さな灯りが並んでいるのが見える。船尾にある窓の灯りだ。
夜で視界が悪いのは覚悟のうえで、おそらく、逃げきるために急いで出ていったのだろう。
「ティシャ!」
聞こえるわけがないとわかってはいたが、それでもシルフィはその灯りに向かって、大切な友達の名前を呼んだ。