- 3 - 忌まわしい洞窟
文字数 1,638文字
灯りが消されているらしく、洞窟の奥はさっきよりも暗かった。
入口からの光を頼りに、さっきの記憶を思い出しながら慎重に進む。
カーブを曲がりきり、檻の置いてある場所に足を踏み入れる。
まず、臭いが鼻についた。体臭や汗、排泄物……、そんなものの臭いが、洞穴の閉鎖空間にこもっている。シルフィは思わず自分の鼻を手で覆った。
ティシャが自分の袋のなかから、小さな発光石を取り出した。品質はあまりいいものではないらしくそれほど明るくはなかったが、なんとか周囲をぼんやりと照らすことはできた。
ただ、シルフィはちょっと驚いた。
発光石じたいがとても稀少な鉱物で、そこらの人間が簡単に手に入れられるようなものではない。もしかしたら、ティシャはただの店番というわけじゃないのかもしれない。
四つの檻のなかには、それぞれに人がいた。
一辺が、小柄な大人がようやく足を伸ばせるほどの長さしかない狭い立方体に、四~五人が詰め込まれるように入っている。具合があまりよくないのか、みな床に寝そべったままで、シルフィやティシャが入ってきたことにもほとんど反応しない。
現地語を使って、ティシャが暗闇に小声で話しかける。
しばらくの沈黙のあと、手前の檻で横たわっていた女性がひとり、気怠そうな動きで身を起こした。座っているだけでも疲れるのか、檻にぐったりと身を預けた姿勢で、ティシャの質問に答え始めた。
ひとしきり話したあと、ティシャが説明してくれた。
「内陸の田舎から仕事を探して出てきたばっかりで、いい話があるって騙されて、ここに連れてこられたらしい。弱らせてからどこかに売る、って、あの男たちが言ってたって」
「う……売る?」
「聞いたことある?強力な外律魔法を使うには、生きた人間の血や肉が必要だって」
「うげっ」
「出てきたばっかりで、知り合いもまだいないから、いなくなっても誰も気づかない……。そんな人間が狙われやすいんだって」
話を聞いて、シルフィは吐きそうになった。
実は、アーンバラでもそういう話は聞いたことがあった。そしてたいがい被害に遭うのは、シルフィのような貧しい階層の人間だ。
それを思うと、だんだんと怒りが湧いてくる。
「逃がしてあげられないかな」
そう言うと、ティシャが息を飲んだのがわかった。
「そりゃ、そうしたいけど……。この檻、開けられるかな」
そう言って、扉に取りつけられている鍵を調べる。大きな金属製のそれは、壊すのは難しい。やはり鍵がなくては無理なようだ。
それでもなんとかならないかと、二人で額をつきあわせて、ああでもないこうでもない、とやっていたのがよくなかったらしい。
檻の中で様子を見ていた女性が突然、二人の背後を見て、あわてて合図をした。
「え、なに」
振りかえると、戻ってきたさっきの二人組が、カーブを過ぎて姿を見せたところだった。
「やばい!」
「なんだ、おまえら!」
同時に叫ぶ。
男二人組からなんとか逃げようと、シルフィとティシャは狭い洞窟内を、檻の陰の隙間に入ったりして逃げた。
しかしとうとうティシャが捕まった。助けようと、通路そばにいたのに駆け寄ろうとしたシルフィに怒鳴る。
「あんたは逃げろ!助け呼んできて!」
その言葉に動きを止め、一瞬、悩んだ。
だが確かに、二人で揃って捕まっても、メリットがあるとは思えない。
留まりたい気持ちを振り切って、シルフィは伸びてきた手から逃げ、通路を走り抜けて外へ出た。
男の一人がなおも追いかけてきていたが、地面の砂と小石が顔に直撃するように、シルフィは風を呼んだ。
ウサギの形をした風が、体当たりをするようにぶつかっていく。男はたまらず足を止め、目に入った砂を取ろうと何度も拳で擦った。
その隙に、シルフィはどんどんと走って、森のなかへと入っていった。虫が怖いとかなんとか言っている場合ではなかった。
むしろ、連中から身を隠せるだけでも今はありがたい。
そのまま、できる限りのスピードで森を抜け、市街地へと駆けていった。