文字数 1,126文字

 彼女たちは、人魚だった。
 だがムンダの妻の先祖は、元々は人間だったという。
 昔、ここから離れた海域に、とても大きな島があった。交易で非常に栄え、代々続く王家が治めていた。
 この王家は、ことのほか音楽を愛した。
 王宮直属の楽団を持ち、贅を尽くした音楽堂まで与えた。
 ここには島の大商人だけでなく、時には交易の交渉に来た他国の使節などを招いてもてなし、喜ばれることで有利な条件を引き出したりすることにも利用された。
 宮殿の敷地の外れに建てられていたので、王族たちも足繁く通い、当然そのなかから王族の寵愛を受ける歌姫や楽師なども出てきて、彼らの存在は宮廷にも華を添えていたものだった。
 だがあるとき、アデニウという名の歌姫が王の寵姫になってから、色々なことがおかしくなり始めた。
 身体の弱かった正妃のかわりにこの寵姫が宮廷の実権を握り、気がつけばいつのまにか国の中枢は彼女の親類縁者が占めていた。言葉たくみに王を説得し、王太子の地位も、この寵姫が生んだ子供へと変えられた。
 王は名ばかりの傀儡となり、近しい人間も寵姫関係の者ばかりとくれば、まるでいつも監視されているような状態で、うかつなことも口に出せなくなっていた。
 孤立を深めた王は、それを埋めるように音楽と歌へと、さらに傾倒していった。
 だが、それがよくなかった。
 王はやがて楽団の新しい若い歌姫アポディと隠れて恋に落ち、ほどなくそれがアデニウに知られることとなった。
 怖れていたとおりアデニウは激怒した。
 寵姫は即座に王を退位させ、若い歌姫と一緒に船に乗せ、海へと流した。
 この船には、二度と人間の住む地へは戻ってこられないという呪いがかけられていた。実は、寵姫は外律(げりつ)魔法という、禁じられた悪しき魔法の使い手だったのだ。
 すぐに殺すなどという簡単な方法など許さない。のたうち回りながらじわじわと死んでいけばいい。そういう想いから生まれた、暗く激しい呪いだった。
 だが船は偶然にも、人魚たちの住む島のある海域へと流されていった。
 その頃には王は亡くなっていて、ただ一人船に取り残されていたアポディは、静かに歌い続けていた。
 その歌を気に入った人魚たちは彼女を仲間に迎え入れ、出産も手伝ってくれた。アポディはその後ずっと人魚の島で暮らし、その娘は人魚の男と結ばれ、そうしてアポディの血は人魚たちと混じり、続いていくこととなった。


 ムンダの妻は、アポディの子孫だった。
 王国のある島は、その後、外律魔法の使い過ぎで神々の怒りを買い、波間に沈んだという。
 それなら人の住む場所に帰りたくはないのかと訊くと、弱く笑って、もうそれは無理な話だから、とだけ言った。
 その言葉の意味がわかるのは、一年ほど後だった。
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