第5話 不死身の魔女 

文字数 3,785文字

 早朝、寒さで目が覚めると既に双子達の姿はなかった。

 代わりに俺の隣には、裸のまま寝ているランシーヌがいた。

 昨夜の激しい情事を思い出し、俺は恥ずかしくなり顔を赤らめていた。


「ん――。おはよう……」


 ランシーヌは目を擦りながら起き上がる。


「ああ……。おはよう……」


 俺は動揺しながら挨拶を返した。


「フフッ……。昨日は楽しかったわ……」


 ランシーヌは妖艶な笑みを浮かべ微笑んでいる。


「そ、そうか……」


 俺は戸惑っていた。


「これで貴方は人間を超える存在になったのよ……」

「えっ……?」


 俺は驚きを隠せなかった。自分の力に自覚がなかったからだ。


「これからは、私を守る守護者として働いてね……」

「……」


 俺は黙って聞いていた。


「返事は……?」


 ランシーヌは真剣な眼差しで見つめてくる。


「わかった……」


 俺は従うしかなかった。反対すれば、どうなるか判らなかったからだ……。


「そう……、良かったわ……」


 ランシーヌは微笑んだ表情をしているが内心、何を考えているのか分からなかった。


「実は魔女になって目覚める前の記憶がないの……」


 唐突にランシーヌは自分の事を話し始めた。


「記憶が……?」


 俺は驚いて聞き返した。


「そう、目覚めた時に『他の魔女を打ち倒し最後の魔女となれ!』という声が頭の中を駆け巡ったのよ……」

「その声が、君の魔女としての使命なのか?」


 俺は不思議に思ったが彼女の話を聞いて理解しようとした。


「多分ね……。私のこの身体は神か悪魔のような存在から作り変えられたのかもしれない……」


 ランシーヌは深刻な顔をしながら話をしていた。


「そんな事が……」


 俺は話を聞いて言葉を失っていた。


「そう……。だから、私はその声に従う事に決めたのよ……。それが、私の進む道なんだと……」


 ランシーヌは遠い目をしながら語り続けている。


「そうだったのか……」


 俺は彼女の想いを知り胸を痛めていた。

 最初に会った時は感じの悪い不気味な女だと思っていたが、彼女には彼女の事情があったのだ。


「だから、私の使命の為に協力してくれるわよね……?」


 ランシーヌは俺をじっと見つめて問いかけてきた。


「ああ……」


 俺は静かに返事をする。


「ありがとう……。それじゃあ、さっそく私の胸を、これで突いてくれる……」


 ランシーヌは近くにあった短剣を拾うと俺に渡してくる。


「何で……?」


 俺は戸惑いながらも受け取った。


「そう……。それを私の心臓に突き刺せば、わかるわ……」


 ランシーヌはそう言いながら自らの豊満な乳房を見せつけてきた。

「分かった……」


 俺は覚悟を決めてランシーヌの心臓目掛けて短剣を突き立てた。


「うぅ……」


 ランシーヌは苦しそうな表情をしていたが、徐々に通常の表情に変わっていく。


「まだ浅いわ……。もっと深く突いて……!」


 ランシーヌは短剣を握っている俺の手を掴み深く突き刺した。


「あぁ……!」


 ランシーヌは苦痛に悶えていた。短剣の刃は完全に鍔までめり込んでいた。

「……これで、分かったでしょ……。心臓を貫いても死なないの」


 ランシーヌは苦痛に耐えながらも笑顔を見せていた。


「ああ……」


 俺は目の前で起きた出来事に衝撃を受けていた。

 短剣を抜くと彼女の傷口はたちまち塞がっていったのだ。


「フフッ……。不死身の身体になったのよ……、誰も私を殺せはしないわ。魔女以外は……」


 ランシーヌは気丈に振舞っている。

 だが、俺の心の中では複雑な感情が入り乱れていた。


「…………」


 俺は言葉を失って呆然としていた。


「さぁ、今日は忙しくなるわよ! 支度して頂戴」


 ランシーヌは立ち上がり服を身につけていった。


「ああ、そうだな……」


 俺は言われるまま服を着ると、ランシーヌと共に馬車のとこまで行った。

 馬車のところでは双子達が待っていた。


「あの男はどうするの?」


 ミラは倒れたままでいるゴードンを見つめてランシーヌに話しかけてきた。


「そうね……。このままだと邪魔になるから始末しようかしら……」


 ランシーヌはゴードンを虫けらでも見るように冷淡な口調で答えている。


「待ってくれ……!」


 俺は慌てて止めに入った。


「何かしら? もしかして、貴方はこの男を助けたいの?」


 ランシーヌは不思議そうな表情をしていた。


「そうじゃない……。ただ、ミラ、ニアを凌辱したから、その罪を償わさなければいけないと思っている」

「……そうだ! いい考えがあるわ……。彼はミラに血を吸われ眷属化しているから、普通の人間より強くなっているの」


 ランシーヌは思いついたように話し出した。


「何が言いたいんだ……」

「貴方の力を試してみる絶好の機会だと思わない? 彼と戦って倒して見せなさい!」


 ランシーヌは嬉々として提案してきた。


「そんな無茶な……」


 俺は戸惑っていた。


「大丈夫よ……。今の貴方なら楽勝だから……」


 ランシーヌは自信たっぷりに言う。


「でもな……」


 俺は躊躇っていた。


「やるのよ! そうじゃないと私の守護者として役に立たないわ……」


 ランシーヌは強い口調で言ってきた。


「わかった……」


 俺は渋々と承諾すると、ランシーヌは満足げな表情を浮かべていた。


 ミラが倒れているゴードンに向かって命令をした。


「起き上がり、彼と戦いなさい……」


 すると、ゴードンはゆっくりと立ち上がってきた。

 俺は愛用の長剣を構え警戒をして待っていた。

 そして、ゴードンは自分の斧を手に持つと襲い掛かってくる。

 俺は斧の攻撃をかわすと反撃に転じた。

 ゴードンの首筋を狙って斬りつけたが、咄嵯に後ろに飛び退かれて避けられてしまう。

 俺はすかさず間合いを詰めて剣を振り下ろす。

 ゴードンは斧で受け止める。剣と斧がぶつかり金属音が鳴り響く。

 俺は剣を押し込んでいく。

 お互い人間ではなくなったが俺の方が力が強いため徐々にゴードンが押し込まれていき、ついに背中から地面に倒れる。

 俺は馬乗りになり、首元に剣を突き立てようとした。

 だが、ゴードンは思いのほか素早く身体を回転させて俺の下から抜け出した。

 立ち上がったゴードンは、斧を拾い再び俺に襲いかかって来る。

 俺は落ち着いて攻撃をかわし、すれ違いざまに横腹に蹴りを入れた。

 吹っ飛んだゴードンは地面に転がり苦悶の表情を見せた。

 俺はさらに追い打ちをかける為に近づこうとすると、ゴードンは立ち上がりながら俺の顔目掛けて唾を吐きかけてきた。

 俺は顔を背けて避けた。

 だが、隙ができた瞬間、ゴードンは俺目がけて体当たりを喰らわせてきた。

 不意をつかれた俺は体勢を崩してしまい転倒してしまう。

 そこに、ゴードンが追い打ちをするために飛びかかってくる。

 俺は転がるようにして避けると、すぐさま立ち上がる。


「くそっ……」


 俺は悪態をついた。


「思った以上にしぶといわね……。貴方を守護者にしたことを後悔させないで……!」


 ランシーヌは俺を奮い立たせるために叫んでいた。

 俺はその声に苛立ちを感じながら、ゴードンの動きを観察していた。

 奴の攻撃パターンは単調で読みやすい。

 俺は冷静になって動きを見極めていく。

 今度はこちらから仕掛ける事にした。

 一気に距離を縮めて剣で突き刺そうとする。

 ゴードンはそれを紙一重で交わす。

 だが、俺はそれを読んでいて横に回り込み剣で薙ぎ払う。

 剣先はゴードンの右脇腹を掠めていく。


「ぐぅ……」


 ゴードンは痛みに堪えながらも斧で俺に攻撃を仕掛けてくる。

 俺はそれを剣で受け流し回転すると、そのまま反対の脇腹に剣を打ち付ける。

 そのまま、左脇腹を引き裂いた。


「うぉ……」


 ゴードンは苦痛に悶えながらも斧を振り回してくる。

 俺はバックステップをして距離を取ると、また、近づいていき剣を振るう。

 ゴードンの体に掠り傷、切り傷が増えていき、裂かれた脇腹からは腸がはみだしていた。

 攻撃を受け続けたゴードンは、とうとう膝をついてしまった。人間であれば、この傷でここまで動くことは不可能であった。

 俺はゴードンに止めを刺すため、剣を高く振り上げる。

 ゴードンの首めがけて剣を振り下ろす。


「待ってくれ……。頼む……!」


 その時、ゴードンが命乞いをしてきた。

 彼が傷口を押さえ苦しんでいる様子に俺は躊躇し手を止めてしまった。


「止めを刺しなさい……。早く……!」


 ランシーヌは俺に促してきた。


「分かった……」


 俺は覚悟を決めて剣を握り締めると、再び高く振り上げた。


「止めてくれ……。死にたくない……」


 ゴードンは涙を流して懇願していた。

 俺は無視して剣を勢いよく振り下ろした。

 次の瞬間、ゴードンの首が宙を舞った。

 ゴードンの返り血で顔が血に染まっていた。


「良くやったわ! これで貴方は私の守護者になったのね」

「殺してよかったのか……」


 ランシーヌは満足そうに微笑んでいたが反対に俺は途方に暮れていた。


「貴方が殺したのは、もう人間じゃなくなった者よ! 魔物を倒したと思えばいいわ」

「……」

「それに、貴方は私を守る事が第一の使命なのよ。それができないなら私が殺すわ」


 ランシーヌは冷淡な口調で言う。


「ああ……」


 俺は納得するしかなかった。


「さぁ、これから忙しくなってよ。まずはデムイの修道院まで行きましょう」


 ランシーヌは楽しげな口調で言った。


「そうだな……」


 俺は気のない返事をし、これから先も平穏無事ではいられない事に幻滅していた。
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