第84話 カタリーナの最後の悪あがき

文字数 3,577文字

 カタリーナが胸の傷を押さえ片膝を立てて蹲っている姿を見たカサンドラは剣を向けて見下ろしながら彼女に話しかけたのである。


「これで……私の勝ちね……」

「本当に……貴女って凄いわね……あははっ!」


 カタリーナは笑いながらカサンドラに言った。だが、彼女は苦痛に顔を歪めていたのだ。

 彼女の傷の再生能力はカサンドラに比べて鈍くなっていたのである。それに対してカサンドラの方は鉄鞭で付けられた傷は出血が止まり治ってきていたのだ。


「私を……殺すつもりかしら?」


 カタリーナが問いかけると、カサンドラは無表情で答えたのである。


「もちろん、殺すわ……」


 そう言って彼女に剣を振り下ろしたのである。



 その頃、シェールとノバはカサンドラがカタリーナに剣を振り下ろそうとしている所を目撃することになったのである。


「シェール……ノバ……」


 2人を見たカサンドラは振り下ろそうとしていた剣を寸前で止めていた。そして、彼女は2人を見て少し驚いた表情を浮かべていたのである。


「何故、ここに……?」

「カサンドラ様が気になって戻ってきました」


 ノバが真剣な表情でカサンドラに答えた。そして、シェールも深刻な表情で言ったのである。


「カサンドラ様……。私達はカタリーナの最後を見に来ました」


 すると、それを聞いた彼女は冷ややかな笑みを浮かべて答えたのである。


「そう……。今から彼女に止めを刺すわ」


 カサンドラはそう言うと剣を振り下ろそうとしたのだ。だが、この数瞬の間にカタリーナは蹲っていた体を起こしていたのである。そして、彼女はカサンドラの背後に移動しており、隠し持っていた短剣で背に突き刺そうとしたのだ。


「あははっ! これで終わりだぁぁ!!」


 だが、カサンドラは背後にカタリーナが移動したことを察していたかのように振り向いて短剣を受け止めており笑みを浮かべていたのである。


「そうはさせないわ!」

「なっ!?」


 カタリーナは驚愕の表情を浮かべて短剣を今度は胸に突き刺そうとしたが、カサンドラはあっさりと短剣を弾き飛ばしてしまったのである。


「終わりね……」


 彼女はそう呟くと、カタリーナの胸に剣を突き立てたのである。


「ぐはっ!」

(私が……死ぬ!?)


 カタリーナは信じられないといった表情を浮かべて口から血を吐き出していた。そして、彼女は意識が朦朧としながらも地面に跪きながらカサンドラ達を見ていたのであった。

 そして、カタリーナが吐血している姿を見てシェールとノバは言葉を失っていたのである。カタリーナの傷の再生能力が著しく低下している事に気が付いたからだ。

 すると、カタリーナが血を吐き出しながら2人に話しかけたのである。


「あははっ……もう助からないねぇ~」

(何が可笑しいの?)


 カサンドラは顔を上げて狂気の笑みを浮かべていた彼女を見て心の中で呟いた。

 その時、カタリーナは吐血しているにも関わらず笑い声を上げたのである。


「ぎゃはははっ……お前達を……道連れに……してやるよ~」

(何を言っているの!?)


 カサンドラがそう思った瞬間、カタリーナは目を血走らせ血塗れの口で呪詛を述べていた。


「私が崇める神よ……! 我が血肉を持って敵を屠り給え……!!」

「!?」


 カサンドラは瞬間的に危険を感じ血相を変えてカタリーナから離れようとしたのだ。彼女が呪詛を唱え終わると体が爆散したのである。

 カタリーナの弾けた血肉がカサンドラ、シェール、ノバに降りかかったのだった。

 体のあちこちに彼女の大量の血を浴びた2人は、その血を見て驚愕したのである。


「何なの……これ!?」

「カタリーナの血が!?」


 2人は血を浴びた体の部分が溶けだしていた。それは酸による溶け方ではなく蝋が溶けるかのような溶け方であった。

 彼女達は溶けている箇所を手で押さえて叫んだのだ。


「体が溶けていく!?」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 2人は悲鳴を上げてその場に跪いてしまったのだ。その時、カサンドラもカタリーナの血を浴びた所が溶けだしていた。

 まるで、蝋燭の蝋が溶けるかのように……。


「くっ!!」


 カサンドラの手や足、顔にも飛び散った血がかかり骨が見えていたのだ。胴体の部分は肉が溶け内臓もはみ出していたのだ。

 彼女は自分の骨が露見した手や内臓を見て戦慄していた。

 顔も左半分は頭蓋骨を覗かせていたのである。カタリーナは最後の悪あがきで自らの死を利用したのであった。

 かたや、シェールとノバはカタリーナの血で溶けていく自分達の体を見て恐怖し叫んでいた。


「あぁぁぁ……!」

「カサンドラ様ぁ……!」


 2人が叫んだ瞬間、彼女達の体はあっという間に溶けてしまったのだ。骨すら残らず……。


(みんな……。ごめんなさい……)


 カタリーナは意識が朦朧となりながら、目の前にいる2人を茫然と見て心の中で呟いたのだった。そして、彼女は血塗れになった地面に倒れて気を失ってしまったのである。



 母娘がいる家で待機していたロシェルはサロメの具合が回復したのを見計らってカサンドラと2人の心配をしてサロメと一緒に後を追っていたのだ。

 そして、カタリーナと戦っていた場まで来ると異様な光景が広がっており彼女は言葉を失ったのだった。


「カサンドラ様!!」


 ロシェルは血溜まりの上で倒れているカサンドラを見て叫ぶと、涙を流して彼女の名前を叫んでいたのだ。だが、いくら呼びかけても反応はなかったのである。

 彼女の体には肉が削がれたような傷跡があったが驚異の再生能力で回復していた。だが、一向に起きる気配はなかったのだ。

 ロシェルが涙を流してカサンドラの名前を叫んでいると、サロメが彼女の肩を叩き耳元で囁いた。


「カサンドラ様は気を失っているだけか?」


 すると、ロシェルは涙を拭って頷いた。


「ええ、そうよ。すぐにカサンドラ様を避難させて」

「分かった。しかし、シェールとノバは何処に?」


 サロメはそう言うと倒れているカサンドラに近づき彼女を軽々と持ち上げたのである。いま彼女が着ている服は男物の服であった。母娘の夫の服を貸して貰っていたのだ。

 ロシェルは彼女の傍に2人が着ていた服と溶け落ちた肉片を見つけていた。

 そして、彼女達は2人がこのような姿になったことに思い巡らしていたのである。


「シェールにノバ!?」

「溶けてしまったのか……?」


 サロメが2人の亡骸を見て尋ねるとロシェルは無言で頷いていた。


「ロシェル、カサンドラ様を運ぶぞ」


 彼女はカサンドラを抱えながら言うと、ロシェルは頷き黙って歩きだしていたのである。彼女達はシェールとノバの亡骸を残してその場を後にしたのだった。



 カタリーナとの死闘で意識を失ったカサンドラは、その日の夜に目を覚ました。彼女は見知らぬ家のベッドの上で寝ていたのである。

 そして、起き上がり周りを見渡すと知らない家の中にいて、少し離れた場所にサロメとロシェルが椅子に腰掛けて眠っていたのである。


(ここは何処なの……?)


 彼女の物音に気付き、サロメはゆっくりと瞼を開いてカサンドラを見ていたのだ。


「気が付かれましたか?」

「ここは何処?」

「最初に訪ねた親子の家です……。今はこの家に泊まっています」


 サロメは目を擦って答えていると、ロシェルが目を覚まして2人を見た。


「カサンドラ様……お目覚めになられましたか?」

「ええ……。心配をかけたわね……」


 彼女は2人に謝ると、あることを思い出したのである。


「シェールとノバは!?」


 彼女はサロメとロシェルに問うと、2人は複雑な表情を浮かべて無言で首を横に振ったのだ。


「……」


 カサンドラはシェールとノバの死にショックを受けて体を震わせていた。しかし、すぐに冷静さを取り戻してサロメとロシェルに今後の予定を語ったのだ。


「私は仲間を3人失ったわ……。また、新たに仲間を集めないといけない……」

「そうですね……。しかし、今日はここで休みましょう」


 サロメはそう彼女に答えると、ロシェルも頷いて答えたのである。

 そして、カサンドラは2人の意見に従って休むことにしたのだ。そして、次の日の朝になるとカサンドラ達は親子に感謝の言葉を述べていたのだ。


「私達を泊めて頂きありがとうございます」

「いいえ、昨日は狂った魔女から助けて頂きありがとうございました。これで、この町は解放され皆が今まで通りに生活出来ます」


 すると、カサンドラは微笑みを浮かべて言ったのだ。


「あなた方もお気をつけて……」


 彼女はそう言って親子の家を出ると、サロメとロシェルを連れて町の外へと向かったのである。

 そして、カサンドラはカタリーナが言ったことが気になっていた。それは彼女との戦いで語っていた人智を超えた神の如く存在に……。


(神……。彼女が語った神は、本当にいるの……? その神が私達魔女を作り出したの……?)


 彼女はそう考えながら思いを馳せていたのだった。
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