第66話 オトフリートの死

文字数 3,079文字

 俺は彼の傷口を見て、彼に視線を向けたのだ。立ち上がった後も苦しそうな表情は微塵にも感じさせていなかった。そして、そのまま観察していると……。

「普通なら命取りだな……」

 オトフリートは怒りの形相で睨みつけながら呟いたのだ。それと同時に体全体から殺気が溢れ出ていたのである。
 しかも、傷による苦痛を感じさせず出血も少量だったのだ。

「狂戦士化すれば、痛みも感じず出血も殆んどないんだぜ……」

 彼は得意げにそう語っていたのだった。

(なるほど……)

 俺は彼の話を聞き納得していた。今までの彼とは思えないぐらいの異常な強さも狂戦士化の影響なのだろうと推察したのだ。

「さあ、続きを始めるぞ……」

 オトフリートは大剣を頭上高く上げると、猛然と俺に突っ込んできたのだった。
 この時、俺は彼が痛覚もなく出血死による心配もないので長期戦になると不利になると思っていた。

(心臓を突いても死なないのだろうか……)

 そう思った瞬間、彼の心臓を貫くイメージが頭に浮かんだのである。俺は彼の突進に対して剣を右脇に構えていた。

「死ねー!」

 オトフリートは大剣を振り下ろしてきたのだが、彼の動きに合わせて剣で彼の心臓に向かって突こうとしていた。

「貰った!」

 彼の大剣が俺に当たるギリギリのところを躱して心臓に向かって剣を突き出したのだ。
 そして、俺の手には胸骨を貫き心臓に達した感触が伝わってきたのだった。

「グフッ……!」

 彼は口から血を吐きながら動きが止まったのである。

(やったのか?)

 そう思った瞬間だった……。彼が大剣を俺に向かって右下から左斜めに振り上げてきたのだった。

(嘘だろ!?)

 完全に不意を突かれた俺は、咄嗟に剣を胸から抜き防いだのだが吹っ飛ばされてしまっていた。しかし、致命傷を避けれたのは幸運だった。
 吹き飛ばされながら空中で態勢を整えて地面に着地したが、左脇腹を少し裂かれて出血をしていた。

(危なかった……)

 そう思いながらも彼を見た。彼は口から血を垂らしながら俺を見て笑みを浮かべていたのだった。

「フハハハ……」

 そんな笑い声を上げているオトフリートであったが、その顔は青白く死相が漂っていたのである。

「お前……、強いなぁ……。 ここまで追いつめられるとはな……」

 彼は笑みを浮かべながらも大剣を地面に突き刺して杖替わりにしていた。どうやら、立っているのもやっとのようだったのだ。

(奴の死は近いかもしれない……)

 俺は警戒しながら彼を見ていたのである。

「お前が初めてだ……。ここまで追いつめられたのは……」

 オトフリートはそう言いながらも楽しそうに笑っていたのだ。
 俺は彼の態度に戸惑っていた。

(もう、戦う気力はないのだろうか……)

「なあ……。俺は……強かったか?」

 彼は俺にそう質問してきたのだ。俺は少し考えて答えたのだった。

(ここに来て何を言い出すんだ?)

 そう思いながらも彼の質問に答えた。

「ああ、お前は今まで戦ってきた奴の中では一番強かったぞ……」

 俺が答えると、彼は満足したように笑みを浮かべていた。

「そうか……良かった……。俺は……もう……長く……ない……だろう……。じゃあな……」

 彼はそう呟くと目を閉じていて動かなくなったのだった。
 俺は彼に止めを刺すべく、ゆっくりと近づいていくと彼は地面に突き刺した大剣にもたれ掛かったまま死んでいたのだ。

「死んだか……」

 オトフリートの死体を見て、彼は本当に死んだとの実感が後から湧いたのだ。
 彼の死に顔は満足したような表情をしていたのである。

「あんたとの戦いは楽しかったぜ……」

 俺はそう呟いてオトフリートに手向けの言葉を送ったのだ。そして、ランシーヌ達が戦っている森の中央へ向かったのであった。


 森の中央でランシーヌとサービラは、お互いが防御無しで呪文を唱えていた。

「燃え盛る火球よ相手に向かって爆ぜよ!」
「雷よ! 敵の頭上に打ち下ろせ!」

 2人に魔法がぶつかり合った瞬間、大きな爆発が起こっていたのだった。魔法の衝撃で地面は抉れ木々は吹き飛ばされていたのである。
 そして、爆煙から2人が飛び出してきたのだ。どうやら、お互いの攻撃で大きなダメージを負っていたのだ。
 ランシーヌは雷撃を受け髪や服が焦げており所々に火傷があった、サービラの方は火球の爆発で全身に火傷を負っていたのだ。

「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……」

 2人は息を切らしながら睨み合っていたのだ。
 お互いに大怪我を負っているにも関わらず、戦う意志はまだ消えていなかった。
 まだ、お互いに次の呪文を唱えていたのだ。

「光の槍よ! 敵を貫き抉らせよ!」
「凍てつく氷柱よ! 敵を貫き凍えさせよ!」

 2人は同時に魔法を詠唱したのである。その瞬間、ランシーヌの頭上には無数の光の槍が現れサービラに向かって降り注いで行ったのだ。そして、サービラの魔法が発動されると目の前に尖った無数の氷柱が出現してランシーヌに向かっていったのである。
 お互いに直撃したのか2人の血煙が発生していたのである。
 2人とも体に穴だらけで、そこから血がドクドクと流れ出ていた。ランシーヌの方は突き刺さった氷柱が傷を凍らせたため体を動かすのも苦痛になっていたのである。
 そして、サービラの方は全身から血を流しながらも立っていたのだった。
 彼女達はゆっくりと歩いて近づいて行くがお互い意識は朦朧としていたのである。

「まだ……やるの?」

 サービラがランシーヌに問いかけたのだ。だが、彼女は極度の低温状態で意識を保っているのもやっとだった。

「当たり前……でしょう。まだ貴女は……呪文を唱えられるわよね……」

 彼女は気力を振り絞りながら答えたのだった。

「当然でしょう……」

 サービラも苦痛に顔を歪めながら答えていた。

「じゃあ……気にせず、次の魔法を唱えるわ」

 そして、お互いに決着をつける魔法の詠唱を始めたのである。

「異界の杭よ敵の胴に突き刺され!」
「異界の鎖よ! 敵に絡みつき引き千切り死をもたらせ!」

 2人は同時に詠唱を終えると魔法を発動したのだ。
 サービラの周囲に魔法陣が現れそこから数本の黒く禍々しい杭が出現していたのだった。そして、その杭はサービラの胴に突き刺さっていたのである。
 彼女は悲鳴を上げ、内臓から込み上げてくる血を吐きながら膝をつき地面を赤く染めていたのである。
 ランシーヌの周りにも同様に魔法陣が出現して、こちらも黒く禍々しい無機質の鎖が彼女の手足、首に絡みついたのである。

「あの時の……鎖……」

 彼女は鎖を見て驚きを隠せなかったのだった。以前、使い魔がこの鎖に囚われた時、意識の共有で自身の体を切断される感覚を受けていたのである。
 鎖は徐々に彼女の手足、首に食い込み引き千切ろうとしていたのだ。

「ぐぎぎ……い、痛い……」

 ランシーヌは苦痛に顔を歪めながら鎖を解こうと抵抗していたのだが、無理だった。

「ぎゃぁぁぁ――!!」

 終に鎖は彼女の手足、首を引き裂いていったのである。肘、膝関節と首から引き千切られ、裂けた部分から骨が露出しながら血塗れになっていったのであった。
 ランシーヌはあまりの激痛に悲鳴を上げて絶叫していたのだ。そして、その光景を見たサービラは痛みに耐えながらも笑みを浮かべていたのだ。

「……辛そうね……」

 彼女は口や胴から血を流し苦痛に顔を歪めながらランシーヌに声をかけたのだ。

「貴女もね……」

 ランシーヌの生首が邪な笑みを浮かべていたのだった。その時である。

「爆ぜろ……!」

 彼女がそう言うとサービラに突き刺さっていた異界の杭が爆発したのであった。
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