第44話 四四、母が一尺の鏡を初瀬詣で

文字数 664文字

 母は一尺の鏡を鋳造させ、そこに行って参らない代わりに、僧を出立させて初瀬に詣でさせるようである。「三日間参上して、この娘の将来のあるべき姿を、夢に見させ給へ」などと言って、詣でさせたようである。その間は、娘である私にも精進をさせる。
 この僧が帰ってきて、「夢をすら見ずに、帰ってきたのでは本意無きこと、どのように帰って申し上げようかと、真剣に額を擦り付けて拝み、 寝ていたところ、御帳の方より、とても気高く清げにおわします女性が、端正に装いをされ、持参奉りました鏡を手に提げて持ち、『この鏡に、願い文が添えてありませんでしたか』と問い給われましたので、かしこまって、『文はございませんでした。この鏡だけを奉れということでした』とお答え申し上げると、『奇妙な事ですね、本来は文も添えるべきであるのだけれども』と言って、『この鏡の、こちら側に写っている影を見てみなさい。これを見れば哀れで、悲しいことであるような感じがする』といい、さめざめと泣き給わるのを見ると、泣き伏して嘆き悲しんでいる影が写っているのでした。『この影を 見れば、非常に悲しいことです。こっちの方を見て御覧なさい』といって、もう一方の方に写っている影を、見せていただくと、御簾は青々として、几帳を押し出した下から、色々な衣がこぼれ出て、梅や桜が咲いた所を鶯が、伝い歩いて鳴いている光景を見せてくれ、『これを見るのは嬉しいことであります』と、宣われたように、見えたのですが」と語ったそうである。これがどのように見えたか、などということを私は、耳にも留めなかった。

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