第38話 三八、父、吾妻の国司に任官

文字数 729文字

 父が官職に就いたならば、私もきっと尊い身になるに違いないと、ただ当てもないことを思い過ごすうちに、親はかろうじて、遥か遠い吾妻の国司に任官して、「長年にわたり、いつか思いどおりに京に近い所の国司になったならば、 まず心晴れるまでに貴女を大切にしてあげ、一緒に引き連れて行き、海や山の景色も見せ、それはもとより、わが身よりも貴女を高貴に育てあげ、良い婿に大切にしてもらえるようと思い続けているのだが、われも貴方も前世の因縁に恵まれず、とうとうこのような遥か遠い吾妻の国司になってしまった。
 あなたが幼かかった時、吾妻の国に引き連れて下向して行った時でさえ、心地も少し悪かったときなど、この娘をこの国に見捨てて、路頭に惑わしはしないかと心配に思っていた。地方の国の恐ろしさについても、わが身一つならば、安心であるのだが、家族を大勢引き伴っているので、言いたいこともえ言わず、したいこともしないでいるのが、侘しくもあるかなと心を砕いて、今はまして貴女が大人になったので、引き率れて下向しても、わが命もいつまであるのか知らず、亰の中で頼る所もなく、さすらうことは他の事例にもよくあることだ、吾妻の国、田舎人になって路頭に迷うのは、大変な苦労だろう。
 亰においても、頼もしく迎え取り立ててくださると思うような、親族縁者もない。そうとはいえ、漸く任命された国司を辞し申し上げることも出来ず、あなたを亰にとどめて、長い別れになってしまいそうだ。あなたを京に置くにしても、然るべき対処をして、京に留め置くということは、思ってもできないことである」と、父が、夜昼嘆かれるのを聞く心地は、花紅葉への思いもみな忘れて、悲しく、深刻に思い、嘆かれることだけれど、どうしようもない。
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