第２５話　二五、翌年四月屋敷が火事　

　その翌年、四月の夜中のことだった火事が起こって、大納言殿の姫君と思いかしづいていた猫も焼け死んでしまった。「大納言殿の姫君」と呼ぶと、聞こえたような顔をし、鳴いて歩み寄って来たりしたので、父も、「珍しくもあわれな事である。大納言に申しあげておこう」などと言っていた時なので、ひどく哀れな心持になり、悔しくさえ思える。
　焼ける前の家は、広々とした深い深山のような感じがしたが、花咲く頃や紅葉の折は、四方の山辺も何するものかと見慣れていたので、今度の住まいは、たとえようもなく狭い所なので、庭狭く、木などもなく、まことに心憂きことであると思っていたところ、向いの家に、梅、紅梅などが咲き乱れて、風が吹くたびに、良い香りがこちらに来るにつけても、住み馴れた古里が限りなく思い出される。
　 「匂いくる隣の風を身にしめてありし軒端の梅ぞ恋しき」