第２２話　二二、猫と大納言の娘

　花が咲き散る折ごとに、乳母の亡くなった頃が懐かしく、寂しく思われるが、同じ頃にお亡くなり給いし侍従大納言の御娘の筆跡を見ていると、なんとなく悲しくなってくる。五月頃、夜がふけるまで、物語を読んで起きていると、来た方向は分からないが、猫がとても長い間、鳴くので、驚いて見ると、なんとも可愛い猫であり。どこから来た猫だろうと見ていると、お姉様が、「あっ静かに、他の人に聞かせないで。ほんとに可愛いらしい猫だわ。飼いましょう」と言うと、猫は実に人馴れしていて、傍に来て寝転がっている。猫を尋ねまわる人がいると、これを隠して飼っていると、まったく下衆のあたりには近寄らず、ずっと私たちの前にだけいて、きたならしそうな食べ物には、顔をそむけて食べようともしない。私たち姉妹の中にずっとまとわりついて、おもしろがり可愛がっているうちに、姉が病気になったりしたので、鳴き騒ぐこの猫を召使のいる北面の部屋にばかりにおらせて、こちらへ呼ばなくなった。
　ところが、喧しく鳴き罵り騒ぐので、鳴くのにも何か理由があってのことかと思っていると、患っている姉が驚いて、「どうしたの、猫は。こっちへ連れて来て」と言うので、「なぜ」と問うと、「夢に、この猫がそばに寄って来て、「私は、侍従の大納言殿の御娘が、このようになったのです。そのような縁のいささかあるので、この中の君が私のことを、なにかと哀れに思われ給いて、ほんの暫くの間、この場所にいますのに、この頃は下衆の中に置き去りにされ、ひどく悲しいことであります」と言って、たいそう泣いている様子は、上品で美しい人に見えて、驚いて目が覚めたところ、この猫の声であったので、実に悲しくなってしまったの」と語り給うのを聞くと、ものすごく哀れに感じた。
　その後は、この猫を北面にも出ださず、大切に思いお世話をした。私がただ一人でいる所に、この猫が向かい合っているので、かきなでてやりながら、「侍従大納言の姫君が、ここにおられるのですよね。父の大納言殿にお知らせたてまつらなければ」と語りかけると、私の顔をうち見守って柔らかい声で泣くのも、心なしか、じーと見つめたところ、普通の猫ではなく、私の言葉を聞き分けていそうな顔に思え、あわれに思える。