第五章 第10話 朝鳥の死
文字数 3,438文字
千方とその
「はて、都で何をするつもりなのか」
と考えた。何か嫌な予感がした。
その二日後、
「馬を引け!」
聞き終わった途端、千常が叫んだ。
「どちらへ?」
今は千常の側近と成っている、朝鳥の上の娘の
「良いから、さっさと馬の支度せい!」
千常は気が短いので、重ねて聞くことは出来ない。盛末は仕方無く馬の手配に掛かる。但し、盛末自身を含め、五人の郎等の馬も用意させた。
千常達は隠れ
「長老はおるか」
慌てて迎えに出た
「手前の留守中に都に向かったとのことです」
千常の表情が曇る。
「それきり繋ぎは無いのか」
「はい」
と答え、祖真紀は、千常の表情から父が既にこの世に亡いことを悟った。千常の次の言葉を静かに待つ。
「
「父で御座いましょう」
祖真紀は静かに答えた。
「あの男が、そう簡単に殺されるとは思えぬ」
「死にに参ったので御座いましょう。ひとりと言われましたね、潜入したのは」
「申した」
「父は、郷の者二人を連れて行っております。恐らく、巻いたか
言われてみれば、それで説明が付く。
「ふん。そうで無ければ連れて行く筈か。伊尹は、賊が入ったことを極秘にしているそうじゃ。二人の者は、未だに長老の
父の死は、祖真紀の心に、矢張り重く伸し掛かっている。
「不出来な
遣り切れない想いで、祖真紀が呟く。
「
「我が親ながら、底知れぬ男で御座います」
祖真紀が感慨深げに言った。
「ふん、確かに。底知れぬものを持ちながら、影として生き、影として死んだと言うことか」
千常も長老に想いを馳せている様子だ。
「我等の定めに御座います」
「我が父や麿を恨まぬのか」
千常が祖真紀にそう聞いた。
「いえ、大殿に『
祖真紀がそう答える。
「そのほうには、そんな死に方はさせぬ。先代・祖真紀への、それが、せめてもの
やり切れなさを振り払うかのように、千常が言った。
「どうか、我等にお気遣い無く」
祖真紀はそう答えた。その晩は郷に泊まり、千常は郷人達と長老を偲んだ。
十日ほどして、長老に従い都に上った二人の
四、五日、風邪で
「やりおったな」
話を聞いて、朝鳥がぼそっと呟く。
「何か存じておったのか」
千方がそう尋ねた。
「先日、別れを……」
と言い掛けて、朝鳥は
「大丈夫か」
千方が、そう言って朝鳥の背中を擦る。
「申し訳ありません。大事御座いません」
千方の手を
「麿に別れを告げに参りました」
朝鳥が又、
「戻って、寝ておれ」
千方が命じる。
「何のこれしき。その時は麿も、ゴホッ、先陣を務めるつもりでおりましたので」
朝鳥は、また
「朝鳥。
「そんなお気遣いはご無用に、一人で戻れますゆえ。お言葉に甘えて下がらせて頂きます」
礼をして、朝鳥は下がって行った。千方は夜叉丸を呼ぶ。
「夜叉丸。
そう命じた。
「
返事をすると直ぐ、夜叉丸は一端、郎等長屋に戻り、雛を連れ、朝鳥の後を追った。
千方の前を辞してから、朝鳥の体調は急に悪化した。馬に乗るのもしんどかった。春と言うのにやたらに寒さを感じ、体の芯から震えが沸き上がって来る。温かいそよ風が吹いている筈なのに、
「旦那様。大丈夫だべか」
下僕が声を掛けた。
「大事無い」
と言いながら、体が揺れている。今までこんなことは無かった。風邪など気合いで治るものと思っていた。少し楽になったと感じた。
花が咲いている。春だから当然とは思ったが、住まいから千方の舘への道筋にこのような美しき場所が有ったかなと思う。その時、行く先にひとつの影が現れた。良く見ると、影は次第に人の姿になった。
「おお、
当代の祖真紀では無い。朝鳥は長老を昔の名乗りで呼んでいるのだ。
「してやられたと思ったぞ。
「旦那様!」
叫ぶ下僕の声が聞こえた。朝鳥は、いつの間にか長老と
「ん? 忘れ物じゃ。六郎様に、
朝鳥は昔、祖真紀(長老)とした約束を思い出していた。それを果たす為、戻らなければならないと思った。
「ご心配無く、
長老は笑顔でそう言う。それを聞いて安心したのか、張り詰めていた朝鳥の気力がすーっと抜けた。
「うん? そうか。そう言う約束であったな。それにしても、見事な花畑じゃな」
崩れ落ちる朝鳥の姿と、それを必死で受け止める下僕の姿を夜叉丸と雛は遠目で見た。
二人は走った。そして、朝鳥を受け止め、そのまま尻餅を突いてしまっていた下僕の側へ走り寄った。
「どうしたのだ!」
叫ぶように夜叉丸が聞く。
「具合悪そうだなと思って見ていたら、急に大きく揺れて落ちて来なされた!」
下僕は、半分泣きながらそう喚いている。夜叉丸は直ぐに朝鳥の胸元に手を入れた。だが、既に朝鳥の
朝鳥の遺体は
「長老め、ああ見えて以外と淋しがり屋であったと見える。さっそく朝鳥を迎えに来おった」
酒を酌み交わしながら、千常が千方に言った。
「かも知れません。年が近いこともあり、仲が良う御座いましたから。いつも身近に居た者なので、父上が亡くなった時以上に、
千方がそう独白する。
「さも有ろう」
千常が頷く。
「朝鳥には、数えきれぬほどのことを学びました」
と言う千方の言葉に千常も同調する。
「父上が、麿にもそなたにも朝鳥を付けたお気持ちは分かる。荒武者でありながら、考えの深い男であった」
「
「
「左様で御座いましたな」
存亡を懸けた戦いに迄は至らず、事は収束した。朝鳥は下野藤原を陰で支えていた大きな存在と言える、下野藤原家は、朝鳥と先代・祖真紀の二人をほぼ同時に失うこととなった。それは、千常と千方の心に悔いを残した。