第九章 第6話 発覚

文字数 3,637文字

 春を待たず、千方らは開墾に取り掛かった。千方ら七人と、郎等達の家族十三人の併せて二十人。それに、安倍忠頼(あべのただより)(しばら)く滞在することになり、その郎等五人も開墾を手伝ってくれると言う。併せて二十五人になるが、他に望月兼家(もちづきかねいえ)が相当の人手を投入してくれたので、作業はかなりの早さで進んだ。
 大木は余り無いが、雑木は多い。作業はまず、雑木を切ることから始められた。雑木は竪穴(たてあな)住居(じゅうきょ)を作る材料としても使えるし燃料としても使えるので、枝を払い長さを揃えて束ね保存する。草も使い(みち)は多いのだが、田畑にする場所では刈って乾燥させた上で焼き払う。いわゆる、焼畑で地味を肥やすのだ。
 ここ迄は、兼家の舘から通っての作業であったが、竪穴住居を作り、それからは常駐して作業することになる。住居が出来れば、いよいよ耕地を整備する作業に掛かる。まずは掘り起こし、岩や小石それに木の根などを取り除く。これは非常に手間の掛かる作業だ。千方の一党だけではかなりの時を要することになるが、兼家が多くの人数を投入してくれるので、驚くほど早く進み、整備出来た耕地の一部は、春の種蒔(たねま)きに間に合った。

 満季(みつすえ)に取っては、(いら)つく日々が続いている。甲賀(こうか)に放った細作(さいさく)からの報せは、いつまで待っても無かった。そればかりでは無く、甲賀の様子を探らせようとした郎等の行方も知れ無くなったと言う報せが鏑木(かぶらぎ)から届いた。何も掴めていない。これは逆に、千方が甲賀に居ると言う何よりの証拠であろうと満季(みつすえ)は思った。ただ、確かな証拠が無ければ、都から検非違使(けびいし)を派遣して貰うことは出来ない。
 近江守(おうみのかみ)目代(もくだい)から正式に問い合わせて貰ったが、望月兼家の答は『千方など居ないし、どこに居るかも知らない』と言うものであった。 
「甲賀三郎め、(とぼ)けおって」
 鏑木は、そう一人愚痴る。

 少しして鏑木(かぶらぎ)から、千方一行が甲賀に入るのを見たとの目撃証言を得たと言う報告が有った。兼家が嘘を言って千方を(かくま)っていると確信した満季(みつすえ)は、検非違使の派遣を依頼する解文(げぶみ)太政官(だじょうかん)に送った。

 季節は梅雨(つゆ)に入った。雨が降り続く中、開墾作業は続けられている。後は身内だけでやれるとして、千方は、兼家が出してくれている人手の、これ以上続けての派遣を遠慮した。それは了承した兼家だったが、新たに(たくみ)を派遣して、梅雨空の中、今度は、千方の舘の建築を始めた。
『竪穴住居で十分なので、舘を建てる必要は無い』と再三辞退したが『気にすることは無い』と言って、晴れ間を見て、兼家は工事を続けさせた。

 梅雨が明ける頃、太政官は検非違使を甲賀に派遣することを決定し、満季(みつすえ)に伝えて来た。満季は()ぐに早馬を近江(おうみ)に送った。派遣されるのは検非違使(けびいしの)少尉(しょうじょう)佐伯孝継(さえきのたかつぐ)である。この人選は満季(みつすえ)の希望が通った結果である。安和(あんな)の変の時、満季(みつすえ)自身は千晴(ちはる)の捕縛に向かい、同僚の孝継に千方の捕縛を頼んだのだが、孝継はまんまと千方に逃げられてしまった。その後、安和の変での活躍を評価された満季が出世し、孝継の上司となっていたのだ。満季にしてみれば、孝継は一番利用し易い人間と言うことになる。 
 孝継は、看督長(かどのおさ)数名と火長(かちょう)、更にその下に十数名の放免(ほうめん)を従えて甲賀に向かう。鏑木(かぶらぎ)は、十九名の郎等を率いて検非違使に合流するよう満季(みつすえ)に命じられた。

 検非違使(けびいし)一行は、まず、近江(おうみ)の国府を訪れ近江守(おうみのかみ)目代(もくだい)に面会し太政官符(だじょうかんふ)を見せ、千方の捜索及び詮議の為甲賀に入る旨通知する。国府からは、案内と称して十人程の健児(こんでい)が同行することになった。
 孝継(たかつぐ)は、国衙(こくが)鏑木(かぶらぎ)に会い、満季(みつすえ)からの指示を聞き、それに見合う報酬を受け取った。検非違使、鏑木と満季の郎等達。それに近江の健児(こんでい)達、全て合わせると五十人程にもなる。その一行が近江(おうみ)の国府を出た頃には、詳細は既に甲賀三郎に報告されていた。

 千方が望月兼家(もちづきかねいえ)の舘に呼ばれた。
「ご安じなさるな。(みこと)を奴等に渡すようなことは決して致さぬ」
と、兼家は言ってくれた。
「ご迷惑をお掛けすることになるのでは……」
 千方がそう言うと、兼家は白い髭の奥で笑った。
「奴等は確証を持っている訳では有りません。知らぬと言い張り、調べると言うなら勝手に調べさせましょう。近江の国府の者達は伊賀に入って調べることは出来ません。下国(げこく)と言えど伊賀には伊賀守(いがのかみ)がおりますからな」
 兼家の言葉は心強かったが、それで安心と言う訳には行かない。
甲賀郡(こうかごおり)内に居ないと思えば、伊賀守(いがのかみ)に話を通すでしょう」
と、予想される鏑木の行動に付いて伝える。
「その時には、()の土地に入る道の入口を偽装するとか、やれることは幾らも有ります」
 甲賀三郎兼家は、防御には絶対の自信を持っている様子だ。
「お手数をお掛けします」
 千方は感謝の念を伝える。
「お任せ下され」
 兼家は静かに微笑んだ。

 検非違使は、三日に渡って甲賀郡内を捜索するが、千方の痕跡すら見付け出すことが出来なかった。三日間の甲賀捜索が済むと、検非違使達は伊賀の国府に入り、近江から来た健児(こんでい)達は戻って行った。伊賀から人手の提供は無く、検非違使達と満季の郎等達のみでの捜索となった。

 一方、検非違使達の行動も、兼家の手の者に見張られており、その動向は順次千方に報されていた。結局、検非違使達は千方に関する情報を何も得られないまま捜索を終了せざるを得なかった。

 近江(おうみ)に戻った鏑木(かぶらぎ)は頭を抱えていた。満季(みつすえ)に報告をしなければならないのだが、何も掴めなかったなどと言う報告を上げられる訳が無い。国司舘(こくしやかた)の与えられた居室で悩んでいると、木簡(もっかん)(たば)が投げ込まれた。()ぐに辺りを探させたが、投げ込んだ者は見つからなかった。彫ってあったのは、千方の居所を教えるとの文字と、待ち合わせ場所、それに謝礼の額であった。

 指定された待ち合わせ場所である寺の境内に、鏑木当麻(かぶらぎとうま)は一人で出掛けて行った。深い笠を被った托鉢僧(たくはつそう)姿の男が現れた。
「明日、案内(あない)する。確認できたらその場で謝礼を貰いたい」
 托鉢僧(たくはつそう)は、そう要求して来た。
「分かった。間違い無いと分かれば、その場で払ってやろう」
 鏑木はそう約束した。

 翌朝早く、鏑木(かぶらぎ)は他の郎等二人のみを連れ、(ふところ)に砂金の小さな袋を忍ばせて、同じ寺に出向いた。僧を先に立て、四人は近江(おうみ)から伊勢(いせ)に向かう。そして、津から松阪に向かう途中から西に折れ山中に入る。険しい山中を進み、現在のJR名松線、伊勢鎌倉の辺りまで来た時、
「この先の盆地に間違い無く奴等は居る。これ以上先には行けぬ。兼家の手の者に捕まるからな。ここで謝礼を貰いたい」
 僧はそう言った。
「信用出来ぬな。連絡先を教えろ。千方が居ることを確認したら礼を払ってやる。さもなければ、仲間が居るなら仲間にこの先案内させよ」
 これは、思惑有っての確認の言葉であった。
「仲間などおらん」
 男は反発するかのように答えた。すると鏑木は、
「そうか、ならばここで死ね」
 そう言うなり、鏑木(かぶらぎ)は僧体の男に斬り付けた。しかし、男はひらりと身を(かわ)した。他の二人の郎等も太刀を抜いて僧体の男に斬り掛かる。男はそれを(かわ)して姿を(くら)ました。
 鏑木(かぶらぎ)はまずいことをしたと悔やんだ。男は(だま)そうとした訳では無かった。それを殺そうとしたのは、千方を確認出来無いまま謝礼を払うのが不安だっただけだ。仲間が居ないと確かめた上で、いっそ始末してしまった方が良いと思ったのが間違いだった。あの男を敵に回す結果となってしまったのはまずかった、と鏑木(かぶらぎ)は思う。少人数で山中にとどまることの危険を悟った鏑木(かぶらぎ)は急いで山を下り、近江(おうみ)に戻った。

 望月兼家(もちづきかねいえ)(みずか)らが開墾地を訪ねて来た。千方の舘はもう住めるようになっている。
「山中まで、わざわざお越し頂き恐れ入ります。お陰様で舘も出来、兼家殿にはお礼の申しようも御座いません」
 腰を降ろすと兼家はため息をひとつ突いた。
「申し訳無い。実は、裏切り者が出て、この土地が敵に知られてしまったものと思われる」
 兼家は千方に頭を下げた。
「で、その者は?」
と千方が聞く。
「欲に目が(くら)んだ愚か者。既に始末しました。ですが、ここが知られてしまった以上、間も無く襲って来ることでしょう。防御を固めなければなりませんな」
 兼家は、襲撃に対する策を相談する貯めに千方を訪ねて来たのだ。
「お待ち下さい。甲賀をこれ以上巻き込む訳には参りません。『知らぬ。存ぜぬ』を貫いて頂くだけで、決して、検非違使や国府の兵と争うことの無いようにお願いします。戦うのは我等のみ。我等が破れた時は、無断で入り込んでいたと言い抜けて下さい」
 兼家は困ったと言う表情を見せた。
「敵の動きを知る為の情報だけは頂きます」
 千方がそう続けた。
「分かり申した。当面、お手並み拝見させて頂きます。しかし、もしもの時には見殺しにするつもりは御座いません」
 千方の目を見詰めて兼家が答える。
「有り難う御座います。ならば、何としても我等の手で撃退せねばなりませぬな」
 そう言って、千方は笑った。
「ご武運をお祈り致します」
 兼家はそう答えた。

 伊賀には、安倍忠頼(あべのただより)とその郎等五人もまだ滞在していた。
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