第二章 第12話 帰路

文字数 6,998文字

 南股川(みなみまたがわ)を渡ると、貞盛の郎等と人足達が待っていた。公務でも無い千方一行に貞盛が便宜を計らうのは、もちろん陸奥守・鎮守府将軍としてでは無く、秀郷との個人的な(よしみ)に寄るものである。だから、郎等も官職を兼ねて居ない者を差し向けているし、人足も貞盛が個人的に手配した者達である。

 だいぶ早く来て待っていたものと見え、車座になって寛いでいたが、川向こうに一団の姿が見えると、物を食っていた者は慌てて頬張り、川岸に近付いて整列して千方達の到着を待った。
(あるじ)の言い付けにて、お待ち申し上げておりました。麿は、陸奥守様の郎等にて多岐葛良(たきのかずら)と申します。お見知り置きを。下野(しもつけ)までお供させて頂きます」
 千方が舟を降りるのを待って、郎等姿の男が挨拶した。
「これは、ご丁重なことで恐れ入る。陸奥守様のご好意にこれ程までに甘えてしまっては、父に叱られるかも知れませぬ」
 そう言って、千方が笑顔を見せる。
「何の。(あるじ)(さきの)将軍様とは昵懇(じっこん)の間柄。出来るだけのことは致すよう、言い付かっております。どうか、お気になさらず何なりとお申し付け下さいませ」 
と言って頭を下げる。
「お世話を掛ける」
と千方も会釈を返す。
「何の」
 多岐葛良(たきのかずら)も笑顔を見せて言った。

 その日は栗原まで進み、夜は、かつて伊治君(これはるのきみ)呰麻呂(あざまろ)が乱を起こし、大和と蝦夷との間の三十八年戦争の端緒となった伊治(これはる)城で一泊。
 翌日は十宮(とみや)(現・宮城県黒川郡富谷町)の鹿嶋天足別神社(かしまあまたらしわけじんじゃ)に泊まる。全て貞盛が手配してくれていた。
 伊治城(これはるじょう)呰麻呂(あざまろ)の乱に際し炎上したが、その後再建されていた。
 三日目の昼近くには、多賀城に向かう脇海道との追分(おいわけ)まで辿り着いた。
「麿とここにおる朝鳥は、陸奥守様に御挨拶してから参るゆえ、他の者達と先に行って下され」
 千方が多岐葛良(たきのかずら)に告げた。
「承知致しました」
 葛良(かずら)が答える。
「朝鳥、参るぞ」
 そう言うなり、千方は駆け出していた。
「やれやれ、何をそう急がれるのかのう、六郎様は…… 多岐(たき)殿、御免!」
と言った朝鳥が、今度は全力で駆け出して行った。夜叉丸と秋天丸は思わず顔を見合わせた。そんな朝鳥を見たことが無かったのだ。
「ぷ~っ、なんじゃあれは……」
 秋天丸が思わず吹き出しながら言った。
「さあな。まだ若いところでも見せたいのかのう、あの親父殿」
と夜叉丸も呆れたと言いたげな表情をした。

 驚いたのは千方だった。気持ち良く駆けていると、(ひづめ)の音がする。振り向いて見ると、朝鳥が全速力で駆けて来る。そして、千方を抜き去って行ったのだ。
「何~ぃっ?」
 思わずそう呟いていた。夜叉丸や秋天丸と、こんな風に競ったことは何度も有るが、まさか朝鳥が馬で挑んで来るとは思ってもいなかった。
 朝鳥の背中を見送った千方だったが、なんだか嬉しくなって来た。すぐに(むち)を当て、これまた全速力で駆け出す。そして遂に抜き返した。
「やはり、すぐに誘いに乗る御性格のようですな」
 追い抜いた後歩を緩めた千方に、朝鳥が追い付いてそう言った。
「何? …… また説教か? いや、麿には負け惜しみとしか聞こえぬわ」
と朝鳥を挑発する。
「いつか思い出して頂くことも御座いましょう。(いくさ)の折に……。その時は本気でお(いさ)め申しますぞ」
 挑発には乗らず、真面目くさって朝鳥はそう言う。
「分かった。その時は、本気で聞いてやる。せっかくだ。多賀城まで走るぞ」
「心得ました」
 全速では無いが、早足でまた二人は走り始めた。朝鳥の顔にも笑みが溢れる。


 多賀城は相変わらずの賑わいを見せていた。歩を(ゆる)め二人は、真っ直ぐに貞盛の居る国司舘(こくしやかた)に向かった。
 門番に取り次ぎを頼むと、すぐに館諸忠(たてのもろただ)が出て来た。
「お帰りなさいませ。報せを受け殿もお待ち申し上げておりましたが、只今御用の為、表の舘におります。暫し居宅(きょたく)の方でお待ち下さいませ」
 そ言って、館諸忠(たてのもろただ)は千方達を案内する。
御用繁多(ごようはんた)の処をお邪魔して申し訳有りません」
 そう千方が言った。
「いえ、殿はお話を伺うのを楽しみにしているように御座います」
 「左様ですか」
と千方が応じる。

 貞盛を待つ間、千方は頭の中で想定問答を繰り返していた。
 世話になった都留儀(つるぎ)や忠頼の不利に成るような話は慎まなければならない。もちろん、貞盛にも世話に成っている訳だが、(たばか)るという意識は無かった。
 一方朝鳥も、貞盛が何をどう聞いて来るか気には成っていた。千方は、まだ状況を考えずに物を言うところが有る。確かに不用意な処は有るが、それを意識させる為に、繰り返し嫌味紛(まが)いのことを言って来た。こんな時にそれを忘れているほど千方が(うつ)けだとは、朝鳥も思って居ない。
 それに、都留儀とて、本当に貞盛に知られてはまずいことは言っても見せても居ない筈だ。
 これから千方には、交渉術を身に着けて貰わなければならない。その第一歩として、器量を見るには良い機会だと思っている。だから今更、老婆心を起こしてあれこれ注意するつもりは無かった。

「待たせて申し訳無い」
 いい加減待ちくたびれた頃に、貞盛がそう言いながら現れた。
「いえ、御用繁多な折お邪魔を致しまして、こちらこそ申し訳無く思うております。また陸奥守様には、この度は一方(ひとかた)ならぬ御厚情を賜りまして、御礼の申し上げようも御座いませぬ」
「何の。秀郷殿と麿の仲じゃ。身内がしたことと思うて、気にされることは無い」
 貞盛は大楊に応じる。
「有り難きお言葉、痛み入ります」
 千方が丁寧に頭を下げた。
「良い。…… ところで、胆沢(いさわ)如何(いかが)であった?」
と貞盛が聞いて来た。
「中々良き土地に御座いました。冬は厳しいとは聞きましたが……」
と先ずは、差し障りの無い答をする。
「そうよな。陸奥は、冬に来る所では無いな。風邪を引いて死んではつまらぬからの」
と貞盛が応じる。
 そうなのだ。この時代、風邪で人が死んだのだ。インフルエンザが有ったかどうかは分からないが、住まいに保温効果は無いし、綿入れの衣服も無い。(こじ)らせて肺炎でも起こせば、即、死に到る。
「安倍はどうであった?」
 最も知りたいであろう話題に、貞盛が触れて来た。
「並々ならぬ心遣いをして貰いました。陸奥守様のお口添えが有っての事と思うております」
 と礼を述べる。
「存じておるとは思うが、麿も、ついこの間、胆沢(いさわ)に行った」
「はい、聞き及んでおります。北に住む蝦夷が大和に降り、その儀式を行ったとか」
都留儀(つるぎ)は何か申しておらなんだか?」
 貞盛は安倍の都留儀の本音が知りたいのだ。
「はい、申しておりました。式に向かう前に、式の次第などを話してくれました」
 千方は、これにも差し障りの無い答え方をする。
「戻ってよりは、何と申しておったかな?」
 やはり、そんな答えを貞盛は期待していない。
「特に…… と申しますより、あの晩は話す機会が御座いませなんだ」
 それは事実だった。
「安倍には色々と苦労を掛けておる。国府としても、何かしてやれることが有ればと思うておる。困り事や意に添わぬこともあろう。かと言って、そう簡単に苦衷を訴えては来ぬであろうから、もし何か気が付いたことが有れば、教えて貰えれば力を貸してやれることが有るやも知れぬ」
 日頃の朝鳥の薫陶からなのか、千方には貞盛が知りたいと思っている事が、手に取るように読めた。
「安倍は、信頼されて任されていることに誇りを持っております。そして、陸奥守様のお手を(わずら)わせることが無いよう、必死に努めておるようで御座います」
 やはり、差し障りの無い答を繰り返した。
「左様か。…… 三月(みつき)の間、安倍の愚痴や不満を聞いたことは無いと申されるか」
 貞盛がズバリと突いて来た。
「はい。仰せの通りに御座います」
 千方は動じない。自信満々にそう答えた。
「朝鳥。そのほうも無いか」
と話を朝鳥に振る。
「さて、…… そう言えば申しておりましたな」 
折角躱(かわ)しているのに何を言い出すのか?」
 朝鳥の言葉で、千方は緊張に襲われた。 
「何?」 
と貞盛が反応する。
「鎮守府将軍でもあられる陸奥守様が、胆沢城(いさわじょう)に有る鎮守府にお入りになったのは、こたびが初めてのこととか……」
「それが、どうかしたか?」
と貞盛が身を乗り出す。
「出来るなら、もっと早くお越し頂きたかったと申しておりました。不満と言えば不満に御座いましょうな、これも」
 やはり朝鳥は人を食っている。或いは、綺麗事ばかりの答では貞盛は満足すまいと思っての事だったのか?
 貞盛の目に落胆の色が浮かんだ。かと言って、(あら)を探して事を起こそうと思っている訳では無い。兎に角、蝦夷社会についての情報が無いのだ。何かの動きを見逃して失態を演じることが恐い。蝦夷社会に細作(さいさく)(密偵)を入れることはほぼ不可能に近い。千方の滞在に寄って得られる目新しい情報が有れば聞き出したい。それだけのことだった。
「他には……」
と貞盛が聞く。
「左様で御座いますな。いずれ忠頼殿に、坂東や京を見せてやりたいものだと申したことが御座いましたな。単なる願望でしょうが……」
 千方のように綺麗事ばかり並べたのでは、却って不審感を持たれる。朝鳥はその辺のところが分かっているのだ。包み隠さず自然に話している雰囲気を巧みに演出している。
「そうか。越訴(おっそ)でもしようというので無ければ、麿の在任中なら、何とかしてやっても良い。少し細工が()るがのう」
 貞盛も朝鳥が真実を話していると納得しているようだ。
「まさか。安倍が越訴(おっそ)などする訳が御座いません。かの者達は、騒ぎを起こさぬことが、己達の利を図る最良の策だと良う心得ております」
 朝鳥は、肝心な事に関してはきっぱりと否定する。
「であろうな。麿もそう思うておる」
「そのお言葉を聞けば、都留儀(つるぎ)殿や忠頼殿もさぞかし安堵することと思います」
 安倍動向を巡る駆け引きはそれで終わった。貞盛の表情が緩む。
「千方殿。十五であったのう。十五にしては中々の受け答え。さすが、秀郷殿のお子じゃ。…… それとも、朝鳥。そのほうの教えか?」
と朝鳥を横目で見てニヤリとする。
「飛んでも無い。手前ご覧の通りのがさつ者。武より他にお教えすることなど御座いません」
「そうか。…… でも無さそうじゃがのう」
と思わせ振りな貞盛の口調に、
「相当に口煩(くちうる)そう御座います」
()かさず千方が言った。
「…… 六郎様。裏切りはいけませんぞ。全く……」 
 口を曲げた朝鳥が横を向く。
「朝鳥。千方殿に一本取られたのう」
 貞盛は、そう言って愉快そうに笑った。そして、急に真顔になり、
「金の採掘は見られたか?」
と千方に尋ねた。
「採掘というより、探索に同行させて貰いました。金を取るということは、恐ろしく手間の掛るものだと分りました。あれだけの手間が掛るからこそ貴重な物なのだと分かりました」 
「手間が掛るから値打ちが有るとばかりは言えぬが、値打ちが有るから手間を掛ける甲斐が有るとも言えるな。…… で、その時は良き場所が見付かったのか?」
と尋ねる。 
「いえ、残念ながら、その日は見付かりませんでした」
「そうか…… うん。成る程。面白き話を聞かせて貰った。麿も来年で陸奥守・鎮守府将軍の任が明ける。常陸に戻れば又、秀郷殿と親しく話す折もあろう。会う機会が有れば、宜しくお伝え下され」
 安倍が砂金の採取場所の一部を隠していると疑って聞いた訳では無さそうだった。
「こたびは、陸奥守様には一方(ひとかた)ならぬお世話になりましたゆえ、兄ばかりでは無く、父にも会ってその旨伝えたいと思うております」
 そう千方が答えた。
「それ程のことはしておらぬ」
と貞盛は手を横に振った。
「御用繁多のところを、お邪魔致しました」
 そう挨拶する。
「道中気を付けて行かれよ」
と貞盛も挨拶を返す。


 東山道(とうさんどう)の名取付近。街道脇に少し開けた原に、千方を待つ古能代達の姿が有った。
 追分(おいわけ)から駆け出して行ったので、誰もがすぐに追い付いて来るかも知れぬと思いながらの道中であったが、名取まで、千方と朝鳥は現れなかった。
 しかし、休息を取ってから半時もしないうちに、並足で、互いに言葉を交わしながらやって来る二人の姿を、夜叉丸が最初に目に止めた。
「お見えになった」
と皆に告げる。
「おお、左様で御座いますな」
 夜叉丸の言葉に反応したのは、多岐葛良(たきのかずら)だった。秋天丸が街道まで出て行って手を振る。気付いた千方が早足になってひとり駆けて来る。到着すると、
「待ったか?」
と馬上から声を掛けた。
「いえ、先程着いたばかりです」
 秋天丸がそう答える。
「途中で追い付けると思うたが、多賀城で随分と待たされたわ。陸奥守様もお忙しい身ゆえ仕方無いがな。小鷺(こさぎ)殿、子らに変わりは無いか?」
と千方が小鷺に尋ねる。
「はい。日高丸は、はしゃぎっぱなしですし、高見は寝てしまいました」 
 成る程、高見丸は草の上に座った小鷺(こさぎ)の腕の中で眠っているし、日高丸は古能代の周りを走り回ってはしゃいでいた。
「殿のご機嫌はいかがでしたか?」
 多岐葛良(たきのかずら)が尋ねた。
「うん? 至って良かったぞ。…… 何か機嫌が悪くなるようなことでも有ったのか?」
と千方が聞く。
「いえ、特に……」
 一瞬戸惑ったように葛良(かずら)は答えた。
「陸奥守・鎮守府将軍と言えば、気骨の折れるお勤めで御座いますゆえ、時にはご機嫌の悪いことも御座いますのでしょう」
 遅れて着いた朝鳥が、葛良に助け舟を出す。
「さ、左様で……」
と葛良は歯切れが悪い。

 一刻(三十分)ほど休むことにした。馬を木に繋ぎ、千方も草の上に腰を降ろす。
 少しの後秋天丸が、
「六郎様、早く芹菜(せりな)に会いとうなったのでは御座いませんか」
といきなり言った。
「うん? いきなり何を言い出すのか」
 千方は、そう言って少し照れたような表情に成る。そして、
「犬丸にも竹丸にも、鷹丸、鳶丸にも早く会いたい。皆に会いたいぞ」
と続けた。
 夜叉丸と秋天丸は、一度、互いに目を合わせてから笑った。
「そう言うそのほうら、陸奥で良き女子(おなご)でも出来たのでは無いのか?」
と千方が逆に二人に聞く。
「いえ、我等、六郎様のようにはもてませぬゆえ。……のう」 
と秋天丸は夜叉丸に同意を求める。そこへ
「本当にそうでしょうか?」
と口を挟んだのは小鷺(こさぎ)だった。
「え? 何のことですか?」
 秋天丸が小鷺(こさぎ)の方を振り向いて聞いた。
「毒矢に当たった時、一晩中付きっ切りで頭を冷やしていた女子(おなご)がおりましたな、夜叉丸……」
と夜叉丸に話し掛ける。
「え? いや、熱に浮かされておりましたゆえ、良う覚えておりませぬ……」
 本当に覚えていないのか、(とぼ)けているのか、夜叉丸はそう答えた。
「吾に付いていた吉利(きり)と言う女子(おなご)です。後で聞いたら、まんざらでも無い様子でした」
 小鷺(こさぎ)はそう言って微笑んだ。
「こら、その女子(おなご)と何か有ったのか? 吾に隠れて」 
 ()かさず秋天丸が突っ込んだ。
「何も無い、何も無い。…… あれ以来口を利いたことも無いわ…… 第一、こんな恐ろしげな顔をした吾を好きになる女子(おなご)などおるものか……」
 夜叉丸は、明らかに狼狽(うろた)えている。
「そう思っているのは自分だけ。…… このお方も昔は恐ろしげでしたよ」
 と小鷺(こさぎ)が、古能代の顔を見て又微笑んだ。そして、
女子(おなご)は、男子(おのこ)の顔だけを見る訳ではありませんよ」
と続けた。
「もう、やめて下され……」
 夜叉丸はどう反応して良いのか分からないといった素振りだ。
吉利(きり)もその気であれば、何とかしてやりたいものだな」
 古能代が呟いた。
「一度、ふたりが目を合わせ、吉利(きり)は恥ずかしそうに、夜叉丸は慌てたように、すぐに目を逸らすのを見たことが御座います。吾が見たところ、互いにその気が有ると見えました」
小鷺(こさぎ)殿。その吉利(きり)という女子(おなご)小鷺(こさぎ)殿に付いていたのであれば、そなたに取っても好都合。胆沢(いさわ)に居る間に聞いておれば、陸奥守様のお許しを頂いて、一行に加えることが出来たかも知れませぬ」
と千方が言う。
「六郎様申し訳御座いません。今でこそ、間違い無いと申せますが、ふたりの気持ちを確かめた訳では無いので、胆沢(いさわ)におる時は、それほどの自信が持てませなんだ。それに、吾に付いていた女子(おなご)ゆえ、連れて行きたいと言えば我儘と取られるのでは無いかという想いが御座いました」
「分かった。父上に相談してみよう。陸奥守様と都留儀(つるぎ)殿に(ふみ)を送って頂けば何とか成るかも知れぬ」
 思わぬ話の流れに夜叉丸は慌てた。
「六郎様。そんなことまでして頂かなくても。吾のことで大殿様のお手を煩わす訳には参りません」
 必死でそう訴える。
「良い。郎等は身内じゃ。気を使う必要は無い。任せておけ」
 千方は楽しげである。
「しかし…… そう言われましても…… 何と言うか……」 
 夜叉丸は弱り果てている。
「夜叉丸らしくも無い。何をうだうだ言うておるのか。もし竹丸がそんな言い方をしておったら、(なれ)は殴っておろうが。それに麿は、芹菜のことでそのほうらには借が有るでのう」
と千方が言い、秋天丸は笑いながら肘で夜叉丸の脇腹を突いた。普段であれば『何するんじゃ!』と喧嘩になるところだが、夜叉丸は、
「痛ってえなあ」
と言っただけだった。
「六郎様、古能代様、それに夜叉丸まで。皆楽しいことが有って宜しゅう御座いますな。 あ~ああ、吾ひとり、何も御座いません」
 秋天丸が大声でそう言ったので、皆笑った。 
「麿にも今、女子(おなご)がおらん。秋天丸。今宵は、麿と(ささ)でも汲むか?」
と朝鳥がからかう。
「あの…… 女子(おなご)のことで、さすがに朝鳥殿と一緒にされとうは御座いません」
 そう言って、秋天丸がむくれた。
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