第八章 第3話 平忠常と言う男

文字数 4,573文字

 千方らは()ず府中の舘に入った。秀郷(ひでさと)武蔵守(むさしのかみ)を兼任していた時に建てた舘だが、今も千方の管理下に有り、豊地(とよち)の弟・豊水(とよみ)が留守居役を努めている。
鏑木(かぶらぎ)は、町外れの荒れ寺に浮浪人達を集めて潜んでおります」
 居室に落ち着いた千方に、豊水(とよみ)が報告する。
「やはり、まだまだ草原(かやはら)に仕掛けて来るつもりと見えるな。放っては置けぬ」
如何(いかが)なさるおつもりで?」
 そう豊水(とよみ)が聞くと、
「根を絶たねばなるまい」
と千方は答えた。千方と満仲兄弟の確執のそもそもに付いては、豊水(とよみ)は何も知らない。ただ、下野守(しもつけのかみ)目代(もくだい)であった鏑木当麻(かぶらぎとうま)の悪評は聞いていた。その鏑木が草原(かやはら)にまで何故手を出して来るのか不思議に思っていた。
「まさか、荒事(あらごと)で始末を着けるおつもりでは」
 事情は分からないが、大事(おおごと)になるのはまずいのではないかと思った豊水(とよみ)は、不安そうに尋ねる。
「殺しはせぬ。隠居したとは言え、麿はまだ下野藤原(しもつけふじわら)の一員ではある。そこ迄やっては、文脩(ふみなが)に迷惑が掛かろう。都に追い返すだけだ」
と言う千方の言葉を聞き、豊水(とよみ)は安心した。
「分かりました。こちらからも人数を出しましょう」
と言った。
「いや、五人だけでやる。これは、麿と満季(みつすえ)との問題だ」
 千方がそう言った。
「どう言うことで?」
と、豊水(とよみ)が聞く。『麿と満季(みつすえ)との問題だ』と言う千方の言葉が気になったのだ。
「叔父上は知らぬ方が良い」
 そう千方に言われた。
「左様で…… では、お気を付けて」
 豊水(とよみ)は、多少不満であったが、千方にそう言われてしまえば仕方が無い。納得行かぬ表情で、豊水(とよみ)は下がって行った。

 千方ら五人は、徒歩で荒れ寺へ向かう。千方以外の四人は、半弓を携えている。
 まず、末信(すえのぶ)(鳶丸)を先行させて様子を探らせることにした。
「二十五、六年にもなりますかな。あの時のことを思い出し、武者震い致します」
 智道(ともみち)(秋天丸)が、応和元年(九百六十一年)の相模(さがみ)での襲撃を振り返って言った。
「それが、今以て尾を引いておる」
 千方の中に一抹の後悔が残っていた。 
「やむを得ぬ仕儀に御座いました。理は我等に御座いました。山賊行為を未然に防いだと言うだけのことです」
 智道が強く言った。
「確かに。だが、その者達が権力を持つ世に成ってしまったと言うことだ」
 吐き捨てるように千方が言った。
「殿らしくも無い。情けないことを仰いますな。どのような世に成ろうと、殿は殿らしく生きて下さい。そう言う六郎様に、我等は一生着いて行こうと思っておるのですから」
 そう言ったのは智道(ともみち)(秋天丸)である。聞いた千方は苦笑いして、
「麿は仕合わせ者じゃ」
と呟く。

 末信(すえのぶ)(鳶丸)が戻って来た。
鏑木(かぶらぎ)の他六人、本堂に(たむろ)しております」
 そう報告する。
「そうか。行くぞ」
 太刀を掴んで、千方は立ち上がった。

 荒れ寺に着くと、破れた塀の穴から一人ずつ入り、生い茂った草の中を進む。千方が真ん中から進み、四人が左右に広がって身を隠す。
鏑木(かぶらぎ)! 珍しい所におるではないか」
 すっくと立ち上がった千方が、突然大声で呼ばわった。驚いた鏑木(かぶらぎ)と男達が、太刀を掴んで(えん)まで飛び出して来た。それと合わせるかのように、半弓を構えた武規(たけのり)(夜叉丸)ら四人が(くさむら)から立ち上がった。
 それを見た鏑木(かぶらぎ)の足が震えた。千方とその手の者達の弓の狙いの正確さを何度も聞かされていた。半弓を構えた四人の姿のみが視界いっぱいに広がる。一の矢で射殺(いころ)される者の中の一人は、間違い無く自分であろうと鏑木(かぶらぎ)は思った。鏑木は慌てて叫ぶ。
「待て! 皆、太刀を捨てよ」
 鏑木の叫び声に、一瞬迷ったような素振りを見せた者も有ったが、結局、皆、太刀を捨てた。
 武規(たけのり)(夜叉丸)と智道(ともみち)(秋天丸)は弓を構えたまま、元信(もとのぶ)(鷹丸)と末信(すえのぶ)(鳶丸)が走って行き、鏑木(かぶらぎ)を始めとする男達を縛り上げて行く。

鏑木(かぶらぎ)。こんな所で何をしておる」
 縛り上げられた鏑木を見下ろしながら、千方が尋ねる。
武蔵(むさし)に居てはいかんのか? こんな真似をして只で済むと思うなよ」
 捕らわれた事により、逆に命の危機が遠のいたと思ったのか、鏑木(かぶらぎ)は強がる気力を取り戻していた。
「他の者達に聞く。ここで命を捨てる気は有るのか?」
 雇われた男達に千方が聞いた。
「そんな義理は無い。我等『いい仕事が有る』と、こ奴に誘われただけだ」
 男達の一人がそう訴える。
「他の者達はどうじゃ?」
 一人ひとりの顔を覗き込むようにして、千方が尋ねる。
「その通り。我等、それ以外の関わりは何も無い」 
と一人が反応すると、
「そうだ」
「そうだ」
と男達が口々に訴える。
「そうか。ならば解放してやるので、武蔵から出て行け。もし又見掛けた時には、命を貰う」
 千方がそう言うと、
「わ、分かった。分かったから()いてくれ」
と口々に喚く。千方が目で指示すると、郎等達が、鏑木(かぶらぎ)以外の者達の縄を解いて行く。解かれた男達は、慌てて逃げ去って行った。
 千方が鏑木(かぶらぎ)を再び見下ろしす。
「何のつもりだ。下野藤原(しもつけふじわら)の当主の座を追われたことへの逆恨みか」
 ふて腐れた様子で鏑木が(うそぶ)く。
「無礼なことを申すな。殿は(みずか)ら当主の座を文脩(ふみなが)様に譲られたのだ」
 武規(たけのり)(夜叉丸)が向きになる。
武規(たけのり)、良い。言わせて置け。ところで鏑木(かぶらぎ)(なれ)は雇われたごろつきとは違う。覚悟は出来ておろうな」
 千方がそう凄んだ。
「覚悟? 麿が何をしたと言うのだ。麿の後ろには我が殿が、その後ろには摂政(せっしょう)様がおられるのだぞ。無体なことをするとそのままでは済まぬぞ」
 怯えながら強がりを言っているのが見て取れた。千方がニヤリとした。
「ふ~ん。そのほうに命じたのは満季(みつすえ)で、その後ろにはあのお方が居ると白状しているのか」
 鏑木(かぶらぎ)は明らかに動揺した。
「だから、何のことだ。分からんと申しておるのだ。身に覚えの無いことで、無体なことをするなら、(あるじ)も黙ってはおらぬと申した迄じゃ」
 喚くように鏑木(かぶらぎ)が主張する。
(とぼ)けるな。先程の者達を解き放してしまったから、(とぼ)け通せるとでも思っているのか。貴様が先に草原(かやはら)に送り込んだ者達を捕らえてある。目の前で白状させてやろうか」
 鏑木(かぶらぎ)は、横を向いて黙り込んだ。千方がすらりと太刀の(さや)を払い、刃先を鏑木(かぶらぎ)の首にピタリと着けた。
 鏑木(かぶらぎ)身体(からだ)がピクリと反応する。そのまま少し間を置いてから、千方は低い声で(おもむろ)に告げる。
「都に帰れ。良いな」
 鏑木(かぶらぎ)の目を見てそう言うと、
「分かった」
 慌てて(うなづ)き、鏑木はそう答えた。千方が刃を退()き縄目を解くと、鏑木は立ち上がり、千方達をひと渡り見回した後、ことさらゆっくりとした動作で出て行った。

鏑木(かぶらぎ)め、震え上がっていたくせに、虚勢を張って出て行きましたな」
 見送って元信(鷹丸)が言った。
「しかし殿、満季(みつすえ)がこのまま済ますと思われますか?」
 智道(ともみち)(秋天丸)が尋ねる。
「そんな玉では無い。満季は満仲より遥かに執念深い男だ」
 それも織り込み済みとばかりに、千方が答える。
「それをご承知の上で…… 。いっそのこと闇に葬ってしまった方が良かったのでは?」
 武規(たけのり)がそう言った。
「鏑木が行き(かた)知れずとなれば、満季は間違い無く麿の仕業(しわざ)と思うであろう。同じことだ」
 そう言う千方に、郎等達は嬉しげに笑みを送る。
「また、修羅(しゅら)の殿が戻って来ると言うことですか? わくわく致します」
「相手の出方次第だ。我等の行く先は地獄道かも知れぬ。覚悟してくれ」
と千方が言った。
 
    
 満季(みつすえ)の館。
「ならず者など雇うから、そうなるのだ」
 昔、満仲に言われたことを、満季はそのまま鏑木(かぶらぎ)に言った。
「だが、奴を当主の座から追い落としたのはそのほうの手柄だ。良うやった」
と、笑みを見せる。
(おそ)れ入ります」
 鏑木(かぶらぎ)は神妙に頭を下げる。
「だが、そんなことで満足は出来ぬ。下野藤原(しもつけふじわら)の当主でも無く、押領使(おうりょうし)でも無くなり、丸腰となった今こそ、徹底的に叩かねばならぬ」
 満季の怨念は少しも衰えていないようだ。
「はっ。こたびは失敗致しましたが、実は、次の一手として考えていることが御座います。武蔵介(むさしのすけ)平忠頼(たいらのただより)をご存知でしょうか? 村岡次郎と呼ばれている男です」
 鏑木(かぶらぎ)がそんな話を始めた。
「村岡五郎の子であろう。会うたことは無いが、名は存じておる」
「その嫡子(ちゃくし)忠常(ただつね)と言う男がおります。年は二十一に成りますが、はっきり言って、横柄で気の荒い男です。何と、母はあの将門(まさかど)の次女だそうです。将門が滅んだ後、下総(しもうさ)の岩井郷に隠れ住み、名を如春尼(にょしゅんに)と改めて一族の菩提(ぼだい)を弔っていたそうですが、村岡五郎(平良文)が還俗(げんぞく)させ、知り合いの公家(くげ)の娘・春姫として息子の忠頼(ただより)の正室としたのだそうです」
「やはり、村岡五郎は将門と繋がっておったのか。しかし、将門の娘が”姫”とはな。良う申したものじゃ」
 満季は蓮茂(れんも)のことを思い出した。蓮茂が将門の弟・将平の師のひとり・円恵と同一人物と睨み、将門の乱の経緯を(しる)した木簡を見付けようとしたが、出来なかった。だが、満仲から指示された策によって、源高明(みなもとのたかあきら)の謀叛に加担したとして、遠島に処す事が出来たのだ。満季は、そんな事を思い出していたのだが、鏑木(かぶらぎ)は、平忠常を使って、千方を陥れようとしていた。
「その辺のことは分かりませんが、その忠常、扱い(づら)い男ではありますが、使いように寄っては役に立つと踏んで、手懐(てなづ)けました」
と満季に訴える。
「ふん。元々良文(よしぶみ)は将門との繋がりを疑われて罰せられる可能性が有ったが、武蔵守(むさしのかみ)を兼任することに成った秀郷(ひでさと)の、武蔵に於ける勢力拡大を牽制する為構い無しとされたと聞いておる。その割に役には立たなかったようじゃがな」
と満季は、皮肉っぽく言った。
「では、孫の忠常に役に立って貰うことに致しましょう」
 鏑木(かぶらぎ)は、ここぞとばかり、策を売り込もうとする。
「そうよな。千方とて、草原郷(かやはらごう)より他に無くなった以上、草原(かやはら)を拠点に(さきの)鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)の威光を振り(かざ)して、北武蔵に勢力を拡大しようとするかもしれぬ」
と満季は乗って来そうである。 
「そこで御座います。正にそのように吹き込んでやりましたら、忠常の奴、明らかに敵愾心(てきがいしん)(あらわ)に致しました」
 満季(みつすえ)は愉快そうに笑った。
「それは面白い。万一仕損じて千方に討たれるようなことが有っても、将門の孫じゃ。摂政(せっしょう)様のご機嫌を損じることも有るまい。だが、他人任せにばかりにはして置けぬ。引導は麿が渡してくれる」
「どうされるおつもりですか?」
「まあ任せて置け。それより、そのほうは上野(こうづけ)に行け、村岡の対岸に拠点を置き、上野(こうづけ)から忠常を操るのじゃ」
 満季はそう指示した。
(かしこ)まりました」
 鏑木(かぶらぎ)としては、千方に受けた屈辱を晴らしたい一心である。

 満季(みつすえ)は、最近、文脩(ふみなが)が兼家に貢物(みつぎもの)を贈って来たと聞いていた。忠平(ただひら)の代から手を焼いて来た下野藤原(しもつけふじわら)が、兼家に臣従する気配を見せ始めているのだ。兼家はご機嫌だった。しかし千方は、当主の座を降りたとは言え、まだ下野藤原の一員である。満季(みつすえ)が、直接千方と対立し下野藤原を巻き込むことにでもなれば、兼家の不興を買うことになるかも知れない。千方と下野藤原をどう切り離すか。また、兼家をどう説得するか、実は満季(みつすえ)は少々悩んでいたのだ。

 鏑木(かぶらぎ)の提案は、満季(みつすえ)に取って渡りに舟だった。忠常を使って千方を追い詰める。鏑木(かぶらぎ)武蔵(むさし)下野(しもつけ)に置くのは不味(まず)い。そこで、地理的に近い上野(こうづけ)に送ることにした。だが、千方の息の()は何としても(みずか)らの手で止めたい。その為には、兼家にひと工作する必要が有る。そう考えた。
 翌日、満季は兼家を訪ねた。
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