第68話
文字数 856文字
屋外からナツを呼ぶ声が聞こえて、朱音が猫耳を動かしながら、ナツに教えてくれた。
普通なら引っ越し祝いに来る知り合いなのだろう、近所づきあいの人間も来たりもする、現状でナツにはそのような知り合いなどいない。
「またもや妖怪かな」
「あれは知っている声だよ、僕が一緒に行くよ」
昔ながらの引き戸の玄関まで行って、太陽に光が差す表を見ると、三体の妖怪がいた。
中央にいる妖怪は人間の姿をしている、その顔には目も鼻もない、だが言葉だけは知っている。
これは“のっぺらぼう”だ。
他の二体は、トラックほどの大きさのある首と、宙に浮く火の球だった。
「あれは善いほうの妖怪たちだよ」
「善いほうと言っても、基準がわからないからな」
「まあ、僕は人間寄りだからねえ」
「人間の考える善いほう、ということか」
「貢物を持ってきました、お納めください」
「引っ越し祝いか」
「いいえ、我々の命の保障してもらうためのものです」
ナツはのっぺらぼうの言葉に呆れてしまった。
この本の力はどれだけ妖怪たちに恐れられているのやら。
ナツは答えに困って白雲のほうを見る。
白雲は黙っていて関与しない態度である。
むしろ、白雲はナツのやり方を試しているのかもしれない。
「贈り物など受けとれない」
「そこまで気にしなくてもいいよ」
戸惑っているナツに白雲が声をかける。
「気にしなくてもいいと言われても、気にしてしまうだろう」
「後々に返せばいいから」
「ともかく、支配する気などないから」
「なんと、これでは足りないと言われるか」
「足りないと言ったわけではないぞ」
「もっと、良い品物を持ってくるのだ」
ナツの答えを勘違いして動揺した妖怪たちが相談を始めた。
「ここままだと誤解を与えてしまう」
「気長に誤解を解くしかないねえ」
「のんきなことを言っているが堅苦しい関係になるぞ?」
「いつか自分たちの店にも来てください」
新装開店の文字が描かれている人間たちのもののようなチラシを手渡してくる。
後日改めて会うことを約束して、妖怪たちを帰した。
「結局のところ、みんな争いたくないんだねえ」