第55話

文字数 735文字


文友がノブスマを寺まで連れて行った。
 それを見送る黄月の表情はまだ悩んでいるようだった。
「まだ悩んでるみたいだな」
「事件が起きたから、因縁の気持ちは後回しにしたほうがいい」
ナツの言葉を聞いて黄月は考えるようだった。
「そうじゃねえさ。昔のことを考えるのが苦手なんだ」
「それで昔のことは、諦めた?」
「いや、思い出した」
昔を思い出さない性格なのだが、と前置きした。
水虎が暴れていて、一族が封じた事件があった。
かなり昔のことで黄月はそれに関わっていない。
その後、黄月たちの狐一族は、住処を人間に追い出された。
「たぶん、封印もそのままだろうな」
「人間が何らかのカタチで壊した、ということになる」
 ナツの言葉に黄月が無言でうなずく。
「一族は知っているのかねえ?」
 白雲が黄月に尋ねる。
「たぶん、知らねえだろうな。あるいは、忘れているかもな」
人間に壊された可能性が、というか水虎が出てきているのだから、壊されているのだろう。
「厄介なものを残されたもんだ」
「できれば捨てたいな」
「受け入れないのもひとつの選択だ。誰にだって限界はある」
 ナツは黄月の気持ちをやわらげるために言う。
「まあ、そうだな」
「遺産は記憶みたいなもんだからねえ」
 白雲が二人の会話に口をはさんでくる。
「記憶なら忘れることだってあるさ」
「でも忘れるのも心苦しいものがあるよねえ」
「完璧な記憶なんてないさ」
「忘れてしまってもいい、抱えることだけがすべてではないさ」
ナツも思い出したくない過去がある。
「まあ、そうだな」
 黄月がそっけなく答える。
「水虎は倒さなくてはいけないけれど、待って」
 白雲の携帯電話が鳴る。
「文友から手がかりが見つかったって」
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