第15話「鬼熊の呪い」

文字数 947文字

「誰もが押し付けてくる。人格者であれ、と」
「普通にしていればいいんだよ、ナツ」
「普通にしているのにストレスを感じる」
「人格者でいることがストレスになるなら、自然体でいればいいよ」
「白雲みたいにか」
 ナツの言葉に白雲は答える代わりに猫耳を動かす。
 紺色の和服を着た二本尻尾の白猫は指でペンを回し始める。
 白雲は化け猫という妖怪である。
「自然にしていると周囲でトラブルを起こすことになる」
「トラブルと考えるか、あくまでも物事のための駆け引きと考えるかの違いだよ」
 白雲がペン回しに失敗して、ペンが転がる。
 この化け猫は小説を生業としている。
 小説家らしく机の上には原稿がある。
 ナツから見れば気まぐれな白猫は、じっとしている小説家など逆の存在に見える。
「駆け引きが得意な奴が少なすぎる」
 ナツがペンを拾って手渡してやる。
 化け猫の手は人間のものと同じように見える。
 ただし、白毛で覆われていて爪は伸びている。
「まあ、得意な人なんてのは聞かないねえ」
 白雲がもっともな意見を言う。
 仲間たちからは年齢相応の落ち着きがない、とナツは言われている。
 ナツ自身はそうは思っていないのだが。
「結局、どうすればいいのか」
 だれにだって若い部分はあるのだ、とナツは前向きに切り替える。
 白雲がそばにあった本を差し出す。
「これを読めばいいかも」
「『猫的人格改造術』?」
「新刊だよ。化け猫としての見識を活かしての啓発本さ」
 本の著者名は“赤岩雲助”である。
 これは白雲の小説家としての名前だ。
 仲間たちは白雲の形から入るところに呆れている。
 ナツたちが居る部屋の本棚も形を重んじるからこそだ。
「何を啓発するのやら」
「心に余裕を持て、というのを中心に書いているのさ」
 手に持った啓発書をナツは眺める。
 ナツは少しばかり呆れて肩をすくめる。
「それが売り文句?」
「需要と供給と言ってほしいなあ」
 白雲が快活に笑う。
 ナツの言葉などまったく気にしていない。
 白雲が本棚の存在を手でアピールする。
「本に救いを求める人もいるから、大丈夫」
 遠くから玄関を開く音が聞こえてきた。
 続いて玄関の音に負けないぐらいの騒々しい会話が聞こえてきた。

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