第39話

文字数 805文字

 迷い狒々とは舞網地方の妖怪である。
 たびたび、人を惑わして道に迷わせる。
 また、別の伝説では迷って疲れた旅人を食うとも言われる。
 鬼熊から聞いた話では迷い狒々はそういう妖怪らしい。
 そして、狒々というのは大きな猿であり、妖怪の中では怪力系である。
 おそらくこの妖怪もそこは他と同じであろう。
 相手は毛むくじゃらの巨体である。
 背の高さは人間の大人をはるかに超えている。鬼熊ほどではないが大きい。腰幅は人間数人分もありそうだ。
 狒々は道の上に立ち上がり、ナツたちをにらみつける。狒々の体の毛がざわめく。
 相手との距離は走ってすぐに着く距離だ。黄月ならばすぐに飛びかかれるだろう。だが、相手は猿妖怪だ。当然のように機敏に動くことができるにちがいない。
 道には街灯があって、狒々の巨体を照らしている。月も出ているので明かりに困ることはない。
 こっちは三人だ。すでに数で上回っている。
 文友たちは後から遅れて来る。
 相手を逃がさないように、そして他の人間たちが入り込まないように周囲に結界を張っている。
 しかし、ここでいつまでも相手とにらみ合うわけにはいかない。
 狒々が吠えた。
 ナツの耳の奥がすこし痛くなる。
 「だいじょ~ぶ、妖術じゃあないよ」
 白雲が狒々の吠え声を指摘する。
 単なる威嚇だ。
 今度は地面をたたいて、ひび割れがアスファルトの道路に入る。
 ナツはいつのまにか自分が観察していて、後手に回っているのに気づく。
 相手の初撃を回避しなくてはならない。
 「相手が動いたらかわすぞ」
 同じことに気付いたのか仲間たちが小声で話し合う。
 狒々が跳躍して、飛びこんできた。
 前もって話した通りナツはその場から動いて離れる。
 ナツがさっきまでいた場所に狒々が飛び込んでくる。
 ちょうど狒々の攻撃を回避したカタチになった。
 狒々が呆気にとられて、周囲を見回す。
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