第80話

文字数 1,055文字


黄月を探して屋敷内部を歩く。
河童の三郎太を見つけて聞いてみる。
外に一人でいる、と嫌な顔しながら三郎太は教えてくれた。
 言ったとおりに黄月は外にいた。
「よう、どうした?」
 屋敷の周囲をうかがっていた金色の狐が話しかけてきた。
「さっき白雲と話してきた」
「そうか。あいつは“人間びいき”だからな」
「その理由も聞いたよ」
「ふん、あいつのことを否定するつもりはねえ」
「人間に対して嫌な思い出でもあるのか?」
 肩をすくめるだけで、黄月は答えなかった。
「俺はあの二人と違って、100年以上は生きている」
黄月は自分の腕前に自信があるようだ。
表面的には荒っぽいが、動じていない態度なので説得力がある。
 ナツはこの妖怪の前で迂闊なことは言えない、と考える。
緩んだ気持ちを切り替える。
「逃げてもいいんだぜ」
「おかしなことを言う。俺の経験的に逃げて悪化することだってあるんだ」
「違いねえ」
 ナツの返答に黄月が納得とも感心とも取れないことを言う。
 黄月は爪で自分の耳の裏をかいた。
「妖怪たちは頼りになるとは限らねえ」
 妖怪たちでざわめいている屋敷に、ナツは視線を向ける。
「ここが安全だ、と思っている奴らもいるだろうよ」
「まあ、そうかもな」

「寝ることすらできんな」
「睡眠なんていらねえぜ」
「徹夜で疲れたままで戦うのか?」
「そうじゃねえ」
「奴らはすぐ近くまで来ている」
 屋敷の周囲を取り巻く林に、ナツは目を向ける。
 人間の目には夜の闇に包まれた林しか見えない。
周囲を探っているうちに焦る心で良くないことを考え始めた。
理不尽で冷酷なケンカを、ナツは売られたのだ。
わざわざケンカを買う必要などはない。
黄月の言う通り“逃げていい”状況なのである。
振り返って屋敷を見る。
だが、屋敷では妖怪たちが防御の準備をしている。
今さらやめるわけにはいかない。
それでも自分の命のかかっている問題である。
すべて投げ出す最後のチャンスである。
だが、本を使える人間は限られている。
今のところナツ以外の人間はいない。
ナツがいなければ、鬼たちは本によって支配されることはない。
それは本を捨ててナツが逃げても、鬼たちがどこまでも追いかけてくることになる。
笛の音が当たりに響いた。
黄月が耳を動かしてその音に反応する。
屋敷の妖怪たちに笛を使う者はいない。
「鬼どもが攻撃の合図を送っているぜ」
爪で鼻をかきながら黄月が言った。
 ナツは自分の考えに戻る。
この危険な本を受け継いでいいのだろうか? と。
でも、すぐに考え直した。
そのためにここに来たのではないか。
兄の遺産を継承するために。

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