親近感

文字数 1,482文字

彼らは廃物の銀と呼ばれている。主が彼らを退けたからだ。
(エレミア書:6・30)

俺はカラオケで上田のせいで大役を果たした後、喫煙室に入った。中にはガタイの良いヤンキーがいたけれども、今日は何にも怖くなかった。目はうつろで、タバコをすっていると、里奈ちゃんがやってきた。
「ねえ、修三、さっきマジで面白かったし、格好よかった」里奈ちゃんが俺を呼び捨てでそう言うと、ヤンキー達は俺に対する目が変わったのが分かった。
「ねえ、なんか言ってよ」そう言われると、
「おー」自分でも初めてきいた太い声が出た。
「ねえ、修三ってさ、ロックバンドのボーカル?」
「まさか、ちがうよ」強い語気で言ってしまったから里奈ちゃんに悪いなって思った。
「ほら、ロッカーはキレやすいことね。先のとがった革靴はいたら、超格好いいロッカーになるよ」なんで、先のとがった革靴でロッカーなのか酔った頭で考えたけれど、全く心当たりがなかった。
「ねえ、もう一回言ってよ、おーって」
「おー」俺はさっきより意識したせいか声の太さが不発だった。
「きゃーロッカーだ、先のとがった革靴を履いたら有名なロッカーになれるよ。なえ、今度先のとがった革靴を履いてよ。一緒についていってあげようか」里奈ちゃんは、彼女の描いているかなり偏ったロッカー基準で俺を誘った。俺もまんざらでもないから、今度自発的に「おー」と太い声を出そうとしたら、さっき食べた枝豆が逆流してきて、ものすごくむせた。こんなに情けない俺にロッカーだけはないなと思ったら、
「ねーねー、修三、ライン交換しようよ。そして、今度先のとがった革靴を買いに行こうよ」里奈ちゃんはそう言って、俺の携帯を取って、俺が暗証番号を解除すると、俺の口の奥にあった枝豆がまた悪さをして、呼吸困難になりそうなくらいむせた。一年前まで、彼女が出来たことがなく、やっと出来たと思ったら、クリスチャンで何もやれない。でも、俺が最高に愛する女性で、今日英子と純潔を誓ったその日に、胸が大きくて美人ではないけれど、里奈ちゃんはチャーミングな可愛い顔をしていた。そして、その里奈ちゃんからロッカーとしての俺を求められて、ロッカーであるはずのない俺は枝豆でむせて死にそうになっている。てか、なんでロッカーなんだ。理不尽、不条理、皮肉、そんな言葉はうかんだが、何か俺の人生が次に進もうとしている感じがした。
英子からラインがあるのを今気づいて、
「ごめん、二次会にいっちゃった。上田の先輩が3年生で就職活動のリアルな話を聞いたら、いつの間にかこんな時間になっちゃった。ごめんね、心配させて。」俺は大嘘をついて、そう返信すると、里奈ちゃんが俺に近寄ってくれて、
「今度遊ぼうよ」
「俺だけじゃなくて、上田とかも誘っているんじゃないの」
「えーちがうよ。上田君はスタイルがいいけれど、しギラギラしているのと顔がタイプじゃないから、デートはないかな」ざまーみろ、上田と思い、少しだけ里奈ちゃんに好意をもった。
「荒木先輩は」
「荒木さんはなんか女性扱いがうまくて、素敵。顔もタイプ。でも、
」普段からもてているだろうから普通の人と感覚が違うと思う。あと、あの人は絶対彼女がいる。だから素敵だけれど、追いかけるだけ時間の無駄。で、修三は全然がっついていなくて、自然だから話しやすいと思ったら、白目むいてロッカーになるし、そのギャップが可愛いし、格好いい。あんた、結構モテるでしょ。」里奈ちゃんは俺を呼び捨てにするだけでなく、あんたと言った。俺は俺で里奈ちゃんに親近感を感じ始めた。

おしまい
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登場人物紹介

篠崎修三・・・20歳で初めて出来た彼女がクリスチャンだった。

佐藤英子・・・修三の彼女。3年前にクリスチャンになった。ちなみに修三とは保育園の時の同級生

上田基一・・・修三と同じ大学で同級生の友達。両親がクリスチャンで、小学校に入る前から教会に通い14歳の時に洗礼を受けてクリスチャンとなる。高校に入ったころから、高校3年生あたりから教会生活やクリスチャンに疑問を抱くようになり、大学に入学してから間もなく教会を離れる。現在は彼女、飲み会など遊ぶことが楽しく、教会を離れて良かったと思っている。

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