超スピリチュアルかつ胡散臭い入間おばちゃんの感動的な話(実話?)

文字数 1,572文字

しかし,彼は,私たちのそむきの罪のために刺し通され,
私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし,
彼の打ち傷によって,私たちはいやされた。
私たちはみな,羊のようにさまよい,おのおの,自分かってな道に向かって行った。
しかし,主は,私たちのすべての咎を彼に負わせた イザヤ53:5,6

居酒屋の厨房のバイトは性に合っているみたいだ。フライパンを洗ったり、お客さんの食器を洗ったり、色々な料理を作るのは楽しかった。まだバイトを初めて10日目だけど、いつも俺とおなじ時間の22時に来る入間さんというおばあちゃんが丁寧に教えてくれる。体型は太っていて、いつもつまみ食いしながら厨房の仕事をしていた。いつも笑顔だから、一緒に働いて職場の雰囲気がよいのは入間さんのおかげだと思う。ただし、厨房は女性が入間さんだけというのは寂しい話だが。また、厨房には、フロントから注文が入ると、料理名と人数分が印刷されるしくみになっていて、それをもとにわれわれ厨房は、料理を作り、洗い物の時間を考えたりする。噂では、深夜の誰も客もいない時間に、フロントが注文していないにもかかわらず、注文の印刷が厨房に出てくることがあるらしい。その日には必ず入間さんがいる日で、料理は季節を問わず必ずたらこグラタンリゾットとのことらしい。ここの幽霊さんは、たらこグラタンリゾットを好むのよと入間さんは幽霊さんと親しいことをアピールするがのごとく自慢げに話す霊的なおばちゃんなのだ。しかも、入間さん曰く、幽霊のその日の好みによって、チーズ多めがいいとか、そういうのがわかるらしい。正直超胡散臭いおばちゃんなのである。

「死ぬことしか考えていなかったから、吠えているハナエをつなぐ綱もいつのまにか離して、ハナエが私より先にたぁーって走っていたことにも目にもくれず、多摩川の沿岸に向かってひたすら歩いていたの」
「えっ、死ぬことしか考えていなかった。誰がですか?」主語がないから、何の話から始まったのかわからなかった。入間さんのことだから嘘か本当かわからない超霊的な話が始まると思うと面倒くさくてだるいなという気持ちと、少しだけ期待した。
「私よ」当たり前のことじゃないと言いたげな入間さんが真顔でそう言うから、俺は何故か謝った。
「すみません。あの、死ぬことしか考えないってどういう状態なんですか?」 
「頭がぼうっとして、周りもぼうっしていて、死ぬこと、それ一点に集中しているの」
「へー」
「ずっと歩いていて、暗くて薄暗くて私の人生は暗闇に向かっているなって思った時に、やっと光が見えたの」
「光ですか?」
「そう光。車のライトが見えてどんどんこっちに向かってくるのが分かるの。その時あぁ私はやっと救われるって思って、沿道からおりて車が私のところに来たから光に向かって飛び出そうと思ったその瞬間、目の前にばっと黒いものが遮って、バンッと音が鳴って車が急ブレーキで止まったの。何が起きたか分からないから車の方を見たらハナエが血を流して倒れていたの。そこではっと我にかえって、私は何をしようしていたんだろうと思って涙がこぼれてきた。あそこまで止まらない涙って初めてで、ハナエはすごく美しい顔をして死んでいったの」
「え、それ本当にあった話ですか、何か映画か小説の世界みたい」
「そう、本当にそう、今でもそう思う。でも本当のことなの。明日がちょうど命日なんだけどね、毎年お墓参りに行くたびに泣くの。命、自らの命を捨ててまで私の命を救って下さったことに感謝の気持ちと畏れる思いと両方で涙がこうして止まらないの」入間さんはそ言って涙を流してハンカチで拭いた。俺はなんだか教会が言うイエスキリストを思い出した。命、その響きが重すぎて俺も急に泣きたくなった。

おしまい
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登場人物紹介

篠崎修三・・・20歳で初めて出来た彼女がクリスチャンだった。

佐藤英子・・・修三の彼女。3年前にクリスチャンになった。ちなみに修三とは保育園の時の同級生

上田基一・・・修三と同じ大学で同級生の友達。両親がクリスチャンで、小学校に入る前から教会に通い14歳の時に洗礼を受けてクリスチャンとなる。高校に入ったころから、高校3年生あたりから教会生活やクリスチャンに疑問を抱くようになり、大学に入学してから間もなく教会を離れる。現在は彼女、飲み会など遊ぶことが楽しく、教会を離れて良かったと思っている。

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