英子と会った最後の日

文字数 2,319文字

天が下のすべて事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、
こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、
抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
捜すに時があり、失うに時があり、
保つに時があり、捨てるに時があり、
裂くに時があり、縫うに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある。
働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを始めから終わりまで見きわめることはできない。
伝道の書第3章

就職活動が始まると、焦って何もかもうまくいかなくなった。生きていくにはお金が必要で、そのために働く場所を探しているのに、英子は教会という甘やかされた世界で生きるという。俺が面接でうまくいかなくなったこと、書類選考で落とされたことを話すと、俺に理解を示そうとするが、結局は神様に祈る英子。正直イライラした。
「そんなに神に祈ったって、俺の現状は変わらないんだよ。英子は満足するだろうけれど、俺には何も届かないんだよ」英子は悪くないのに、英子に毒を吐くことが多くなった。

就職活動は、8月に不動産屋に決まって、終わりを告げた。二次面接で、課長の人が、毎年6月に社員全員でハワイに行くんだよ、とにやにやしていたのが、気になったけれども、最終面接で紳士な社長の佇まいを見て、内定をもらってから、すぐに入社する意を伝えた。英子に伝えると、俺の手を握って、泣きながら感謝の祈りを捧げた。その時、課長のにやにやした顔が浮かんだ。

就職が決まったことを里奈ちゃんに伝えたら、大喜びしてくれた。二人で飲みに行って、初めて里奈ちゃんにおごってもらった後、里奈ちゃんの家でキスを愛し合った。何かが変わって、何かが終わってた気がした。でも、何かが始まるという感覚はなかった。

上田と久しぶりに会ったら、上田は友人の紹介でホストを始めたとのことで、大学を卒業をしたら、ホストで生きて行く、歳がきたら経営者になると言った。
「両親に言ったら、親父は呆れていて、母親が泣いていたわ。親父はどうでもいいけれど、母親が泣いているのはきつかったわ。でも、その後俺母親に泣かされたんだ」
「は?どういうこと」俺は疑問に思ったけれど、何一つその理由が分からなかった。
「聖書にさ、サマリアの女っていう娼婦がいてさ、その女がセックスをして色んな男をたぶらかせていたんだと。当時の宗教家がそれを知って、罪を犯した奴に石を投げて殺すって慣習があったんだとよ。で、そこにイエスが宗教家に言ったのが、罪がない人から石を投げなさいってさ。そうしたら、誰も石を投げないで、その場を去っていったらしい。イエスは、聖書には書かれていないが、その娼婦に何かを言ったらしい」上田は嬉しそうにそう言った。
「それで?」
「母親が、そういう職場で、イエス様のようになるように祈ってくれたんだ。女性は何よりも愛を求める性質をもった人間で、基一の職場はその人達を癒すことが出来るのよ。尊い職場だから、一人でも多くの女性が基一を通して、イエス様によって救われて欲しい。泣きながらそう言ってくれた。本当に俺の母親はすげーと尊敬したよ。俺さ、可愛い娘が来たらやっちゃうかもしれないけれど、いずれ母親が望むような男になりたいと思ったよ」そう言って目を輝やした。俺も上田のお母さんを尊敬した。

9月になって、いきなり里奈ちゃんから呼び出されて、別れを切り出された。
「好きな人が出来たの、ごめんなさい」そう言って、俺の目から視線を外した。俺こそ、謝りたかった。
「今まで、ありがとう」俺はそう言って、笑顔を繕って、歩き始めた。
少しすると、
「また、いつか会おうね」里奈ちゃんはそう言って、俺は振り向いて、
「天国でな」バイバイをしながら大声で言った。近くにいたサラリーマンは引いていた。英子がいう、神様は俺も里奈ちゃんも天国にはいかないらしい。それが本当なら俺は天国になんか行きたくない。

英子が教会に誘っても、行かなかった。教会の中の神様より外にいる神様の方が、器が大きいと思ったからだ。それに英子を裏切って、その反応を見ることで英子の俺に対する愛情を確かめたかった。

英子がピアノを弾きながら、宅地建物取引士の試験を受ける俺。合唱団は、綺麗な声で歌いながら、体を揺らしている。指揮者は上田で、さまになっている。俺は手ごたえを感じながら、試験を終えた後にガッツポーズをする。そんな夢を見た。その後、英子はマイクを持って観衆に、ピアニストを卒業して、伝道師としてフィンランドに行くことを話し始めた。俺は解答用紙をちぎり始めた。英子は俺にお辞儀をして、泣きながら会場を去った。

夢か、そう思った後、一度断った英子に誘われていたクリスマス会にやっぱり出席をすることを伝えたら、英子はすごく喜んでくれた。

英子とクリスマス会に行った後、二人でお茶をした。英子は優しく微笑んで、俺の目をじっと見つめてくれた。俺もそれにこたえるように優しい目をして、微笑み返した。英子と会うのが、最後の日となるとはこの時は思わなかった。
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登場人物紹介

篠崎修三・・・20歳で初めて出来た彼女がクリスチャンだった。

佐藤英子・・・修三の彼女。3年前にクリスチャンになった。ちなみに修三とは保育園の時の同級生

上田基一・・・修三と同じ大学で同級生の友達。両親がクリスチャンで、小学校に入る前から教会に通い14歳の時に洗礼を受けてクリスチャンとなる。高校に入ったころから、高校3年生あたりから教会生活やクリスチャンに疑問を抱くようになり、大学に入学してから間もなく教会を離れる。現在は彼女、飲み会など遊ぶことが楽しく、教会を離れて良かったと思っている。

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