018 大人の世界にもいじめはある

文字数 1,124文字

「そりゃ、あるさ。しかも子供のいじめよりも、もっと陰湿で手が込んでいるぞ」
「どんなふうですか?」

「以前、うちの会社で受注したマンション内装工事があっただろう。受注価格は2700万円だった。ところが工事後、アラゾニア総合建設が実際に支払ってくれたのは1100万だけだ。差額の1600万はうちの赤字だよ」
「そんな馬鹿な話があるんですか。仕事を頼んでおきながら代金を1600万も値切るなんて……。支払ってくれた金額よりも、値切った金額のほうが大きいじゃないですか」

「そんなのは、この業界では序の口だよ。それだけじゃないぞ。次に受注した工事に、流通センターの配管があった。本館だけの配管で、受注価格は870万円という約束だった。採算ぎりぎりの価格だったが、うちで引き受けることにした。ところがいざ工事が始まると、受注価格はそのままで、別館のほうも頼むと追加工事がきた。むこうが最初に本館だけと言ったから、870万円でも何とか採算がとれると思って工事を引き受けたんだ。別館も工事するなら、あと500万は払ってもらわないと採算が合わない。最初から870万で本館も別館も工事してくれというと、こちらが文句を言うのは分かっているから、まず本館の工事を着手させ、手を引けなくなったところで追加工事を命じたんだ。結局、追加分の500万は払ってくれなかった。これもうちの赤字になった」
「汚いやり方だ」

「さっき名前の出た建設部長の山梨誠太(やまなしせいた)さんが、アラゾニア総合建設の窓口だったうちは、まだよかったんだよ。こんなことはなかった。いろいろ相談にのってくれたし、可能な範囲内で便宜を図ってくれた。仕事が一区切りすると飲みに連れていってくれて、盛大に(おご)ってくれたしね。安い居酒屋じゃなくて、ちゃんとしたクラブだよ。あの人は、俺たち下請の気持ちが分かる人だったね。

 ところが、その山梨さんが四年前に配置転換になった。後任者はぜんぜん別のタイプで、冷たい人だよ。俺たちが交渉にいっても、分かりません、前任者から引き継ぎを受けておりません、話を聞いておりませんと、事務的にくり返すだけだから。これはゼネコンに限らず、銀行でも、メーカーでも、どこでも大手が下請を切るときに使う手だ。担当者の首をすげ替えて、後任者は話を聞いておりません、の一点張りだ。にべもない。山梨さん、懐かしいな。今どうしているのかな。今では44~45歳になっているはずだ。風のうわさではリストラされて会社辞めたって聞いたけど……。あんないい人が、残念だね。仕事仲間が渋谷で山梨さんによく似たホームレスを見かけたって言っていたけど、まさかそこまではね。きっと人違いだろう」

「八方ふさがりですね。なにか手はないんですか」
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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