022『冬のソナタ』大ヒット中!

文字数 1,139文字

 わざわざタウンページなど調べなくても、携帯電話のiモードを利用すればもっと手軽なはずだった。しかしアクセス記録が残る。警察から照会を受ければ、プロバイダーは簡単に俺のデータを渡すだろう。警察に俺の行動の手がかりを与えてしまう。俺はそんなミスは犯さない。俺の携帯電話はメモリーをすべて消去して、自宅に置いてきた。無ければ無いで、なんとでもなるものだ。一昔前までは、みんなこのやり方だったのだ。

 次にタウンページ巻末の公共機関のページで、新宿近辺の交番の所在を調べた。できるだけ規模の小さいところがいい。だが本庁と各所轄署の電話番号しか記されておらず、交番については記載がなかった。これは別の方法で探すしかない。

 新宿区役所を出た俺は、区役所通りを右折し、靖国通りに出た。通りに沿って西に歩く。歌舞伎町を右に見ながら、東通り、さくら通りと順に交差する。このあたりは軽々しく口にすべきでない稼業の店が多く、しかもそういう店が繁盛するのは夜と相場が決まっているから、まだ陽のある現在は活気にとぼしい。歌舞伎町にしては人間の数も少なく、道幅もせまく、建物も低い。陽の当たらない社会の裏側に特有の、うらぶれた風情がただよう。

 東通りから、さくら通りまで行く途中に〈尾張屋書店〉があった。店先のサブナード入口付近に若い男が立っていて、別の若者に何か手渡しているのが見えた。受け取った方は、わき目もふらず足早に去った。

 俺は尾張屋書店に入った。レジ前に『冬のソナタ』のポスターが貼られている。柔和なイメージの色白メガネ青年がはにかむように微笑んでいる。昨年から今年にかけてテレビ放送され、中高年女性を中心に大ヒットし、社会現象にさえなっている韓流ドラマだ。もはや現代の日本では気恥ずかしくて見られなくなったナイーブな純愛を、あえて時間をかけて丁寧に描いたことが逆に新鮮で、視聴者から圧倒的に支持される要因となった。ノベライズや写真集など関連書籍が平積みされている。



 俺は「新宿区住宅地図」を探した。レジ横の地図コーナーにあった。文庫サイズで1600円だ。住宅地図というのは、どこの地番にどういう建物があって、どういう人間が住んでいるか、建物と住人の具体的な名まで調べて記入してある詳細な地図である。住宅地図調査士という専門家が足で調べる。だから値段もすこし高めである。俺は一冊買い求めてリュックにしまった。後でこの住宅地図を使って、タウンページで所在を確認できなかった交番を探すつもりだ。

 尾張屋書店を出ると、さきほどの若い男は、まだサブナード入口付近にいた。何をしているのだろう。



✽平成16年10月30日(木) 亜樹夫の足取り
①西新宿探偵社
②新宿バッティングセンター
③新宿区役所
④尾張屋書店
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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