019 ゼネコンの横暴
文字数 1,620文字
でも、うちの会社はオヤジさんがあのとおり職人気質だから、何も知らない客に迷惑をかけるわけにはいかないと言って、絶対に手抜き工事はしなかった。赤字をぜんぶ自分で背負いこんで……。もっとも、そんなオヤジさんだから、俺も信頼してずっとついてきたんだけどね」
企業は金もうけではない。地域に根をおろし、社会に貢献するものを作るべきだ。それが父の理念だった。父の会社が手がけた住宅で暮らし始めた人たちから「本当に住みやすい」「いい家だ」と感謝の言葉が寄せられたとき、父は本当にうれしそうにしていたものだ。
「最初から赤字と分かっているなら、ゼネコンから回された仕事を断るわけにはいかないんですか?」
「そんなことをしたら、次から仕事は回さないと脅される。下請は仕事を止められたら、たちまちお手上げだ。生きていくためには引き受けざるを得ないんだよ。『風が吹けば桶屋がもうかる』ってことわざがあるけど、この業界では『ゼネコンが風邪をひけば、下請は心不全で呼吸停止』と言うくらいで、上のツケが下へいけばいくほど雪だるま式にふくらんで、しわよせが厳しくなっていく。ゼネコンはバブル崩壊でかかえた借金のツケをどんどん下請に回してくるんだ。極めつけは、これだよ」
鉄兵さんは注文書の束をデスクから出し、俺に示した。「市営グランド・トイレ新設工事3900万円」「駅前スーパー天井張り替え工事6500万円」などと記されている。
「うちがアラゾニア総合建設から受注した工事だが、ぜんぶ架空の工事だ。実際には、やっていない」
「架空工事? 何のためですか?」
「これは業界の言葉で『利益調整預り金』といって、巧妙な脱税だよ。下請は、いったん工事代金を受け取ったあと、こっそり元請のゼネコンに返すんだ。もちろん架空だから、実際には工事はしていない」
よく分からなかった。
「どうしてそれが脱税になるんですか? 詳しく説明してください」
「金を返したことは、あくまでも秘密なんだ。ゼネコンは実際に工事があった、実際に代金を下請に支払ったものとして、そのぶん税金を控除する。一方、下請は貰ってもいない収入が実際にあったものとして、そのぶん課税額が増える。まさに俺たち下請が、架空工事によって自分の身を削ってゼネコンの脱税に協力しているわけだ。これはもう下請叩き、いじめ以外の何ものでもない」
「耳を疑うような話です」
「普通はそれが人間社会の常識だよな。しかし、この業界は常識が通用しない。力関係が全然ちがうんだ。金も力もない俺たちは闘いようがない。裁判で訴えても、ずるずると引き伸ばされるだけでラチがあかない。その間に会社は倒産だよ」
いきなりこんな話を聞いていたら、俺はとても信じなかったにちがいない。だが、俺の身にふりかかった〈あの出来事〉は、鉄兵さんの言葉を裏付けていた。優位に立つゼネコンが、立場を利用して無理を強制する。自分が生き残るために、冷酷に下請を切りすてる。父や鉄兵さんの苦労と涙の上に、アラゾニア総合建設の
鉄兵さんは、力関係が全然ちがうからゼネコンとは闘いようがないと言ったが、そんなことはない。俺には俺の闘い方がある。たった一人の孤独な革命だ。俺は怒りに身が震わせながら、あらためて今回の計画を遂行する決意を不動のものにしていたのだった。