046 負け犬の目
文字数 2,011文字
俺は、ゆっくりと土手を降りていった。余計な人間とは関わりを持たないというのが俺の主義だが、脅されているのが日頃から同じ教室で学んでいる岩清水と分かっては、道義的に知らぬ顔もできぬ。
「何をしてるんだ、おまえら。そいつは俺のクラスメイトだが……」
低く抑えた声で、それだけ言った。
「あッ、
岩清水が情けない声で叫んだ。
ヤンキー連中はいっせいに振り返った。
「なんだ、てめえ。余計な口出しするんじゃねえよ」
リーダー格らしい奴が憎々しげに答えた。派手に染めた髪に、
俺の実力を値踏みしているのだ。勝てる相手か、戦わないほうが無難か……。こういう連中の特性として、自分より力の弱い相手には
俺は、身長は186センチ、体重は72キロある。日頃からトレーニングを積んで、しなやかな筋肉質の体をしている。肩が怒り、大胸筋が発達して上半身は逆三角形のシルエットを描く。ウエストは贅肉がなく、腹直筋が割れ、いわゆるシックス・ブロックになって浮き出ている。ミドル級のランキング・ボクサーといっても通用する肉体だ。
俺は胸をそびやかし、相手の男に鋭い視線を送った。
相手の目から急に力が抜けた。勝てない、と判断したのだ。すでに負け犬の目だ。膜でも張ったように白濁し、
「大丈夫か」
放心したように立ちつくしていた岩清水に、俺は声をかけた。
「すごいね、真崎君。
岩清水は感嘆の声をあげた。俺を見つめる目に、リスペクトの色があった……。
この一件以来、岩清水は学校で妙に俺になれなれしく接するようになった。勉強で分からないことがあるといちいち俺に訊きにくるし、通学路で顔を合わすことがあると、俺のカバンを持つと申し出る。もちろん俺は断っているが。岩清水は一件を恩にきて、感謝の気持ちを表そうとしているらしかった。俺としては、かえってありがた迷惑だ。
いま俺がシンのアパートで見ているテレビ・ニュースのVTRで、岩清水が俺に対して好意的な発言をしてくれているのは、このような事情があったからだ。情けは人のためならず、ということか。
俺の向かいでテレビを見ていたシンがぼやいた。
「分かんねえ。この容疑者の高校三年生、話を聞いてみると、けっこう、いい奴じゃねえか。なんで、こんな奴が自分の肉親を殺したんだ? まったく、世の中は分かんねえ」
そいつは俺も同感だ。世の中、一寸先でどんな運命が自分を待ち構えているか、それは誰にも分からない。一週間前の俺自身も、自分がこんな状況に置かれるとは、まったく予想していなかった。
女性リポーターの岩清水に対するインタビューは続く。
「容疑者の少年は、建築関係を志していたと聞いていますが?」
「そうです。彼のお父さんが工務店の社長なんで、彼も建築を勉強して、お父さんの役に立ちたいと言っていました。建築関係といえば、工学部。数学や物理が重要ですよね。彼は特に力を入れて勉強していたようです。テストでの成績は、いつもトップクラスでした」
「なるほど」
「でも彼のすごいところは、将来の進路に直接関係のない文系科目も、よくできたことです。そちらの成績もトップなんですよ。文系・理系オールマイティな人なんです」
「優秀ですね。そういえばさっき、容疑者の少年は、都の教育委員会の論文コンクールで賞をとったと言ってましたが……」
「そうなんですよ。都の教育委員会が、高校生を対象に文芸評論の募集をしたことがあったんです。彼が論文を書いてそれに応募したら、みごと入選したんです。後日、都から賞状が送られてきて、校長先生が全校生徒の前で彼を表彰したんです。カッコよかったなあ」
ああ、あの話か。別にたいしたことではないさ。あまり持ち上げられると