001 街は人間を喰らう

文字数 835文字


 
 道を()いて、ビルが建ち、人が群れる。
 街というものは不思議だった。

 もともとは、ただの吹きさらしである。何もない。むき出しの地面。そこを人間がアスファルトで固め、ビルの林を植える。吹き寄せられるように人間が集まる。すると街は人間の欲、打算、業念を吸い取って膨脹しはじめ、ついには人間の手に負えない化け物に成長する。人間はその手のひらの上で、訳も分からないまま踊らされるだけだ。踊らされながら、街に精気を吸い尽くされ、命をすり減らすのだ。街を支配しているつもりで、じつは支配されている。街は吸い取った精気を餌に、際限なく膨脹をつづける。ますます多くの人間が集まってくる。その繰り返しだ……。

 俺は皮肉な目で、窓から薄汚れた新宿の街を見ていた。埃まみれの通りを急ぎ足で往来する人間たち。褪色したアスファルトの上を排気ガスを撒きちらしていく車の列。

 俺のような世代の人間にとっては、すでに前世紀の語り草となった昔話だが、終戦直後の新宿は一面の焼野原にイモ畑しかなかったという。それが今ではこのありさまだ。無数の雑多な人間と、無粋な人工物であふれかえっている。

 取るに足らない人間たち。みな同じ顔。虚勢されたように無表情。緊張感のかけらさえない奴らの間延びした表情に、俺は憤りさえ覚えた。

 こいつらは、いったい何を考えて生きているのだろうか。今日と同じ平凡で安寧(あんねい)な日々が明日も続く。自分にとって都合の悪いことは何も起こりはしない。ゆり籠のなかで惰眠の日々を永久に貪っていればいい……。

 ──そう考えているのだろうか。なんという愚かな連中だ。人生とは試練であり、闘争の連続であるというのに……。

 あの日、あの瞬間以来、俺にとって世界は決定的に変わった。今では俺を中心に世界が回っている。俺以外の人間はすべて脇役にすぎない。監督も俺、脚本家も俺、演じるのも俺だ。これから、世界のすべては俺の意志と行動によって形成されてゆくのだ。

 ノックの音がした。俺は窓からドアに視線を移した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み