050 どこの世界にもイヤな奴はいる

文字数 1,943文字

「容疑者の少年は、どういう生徒でしたか?」
 女性リポーターはその生徒に対し、岩清水に訊いたのと同じ質問をぶつけた。

「ああ、普通の生徒ですよ。遅刻欠席もせずにきちんと学校に来てたし、勉強もできたし。いわゆる問題児ではなかった。でもこういう事件が起きて、いま考えてみると、ちょっと思い当たるフシがある」

「え? それはどういうことですか?」

「あいつ、いつも笑っているんですよ。冷たく、せせら笑う感じ。いや、表情に出して実際に笑うんじゃなくて、心の中で冷笑している感じです」

「具体的にはどういうこと?」

「たとえば、先月、学校行事でスポーツ大会がありました。あいつもちゃんと参加しましたよ。クラスの仲間といっしょにソフトボールやサッカーの試合に出た。あいつは運動神経がいいから、それなりに活躍してたし。でも、あいつは俺たちの集団の中にいながら心はそこになくて、遠くから俺たちのことを眺めて、馬鹿なやつめって嘲笑(あざわら)っているような感じなんです。いや、実際にあいつが口に出してそう言ったことはないんです。けど、俺はいつもそう感じたな」

 誰だ、無礼なことを言っているこの男は? たしかに正鵠(せいこく)を射た分析ではあるが、礼を失している。やはり映像にはモザイクが、音声にはボイスチェンジャーがかかっているから、一見しただけでは分からない。だらしなく肥えた巨体が、カメラのフレームに収まらずはみ出ている。相当な巨漢だ。

「修学旅行でも、社会見学の課外授業でも、あいつは来ることは来るんです。形だけはクラスの一員という顔をしている。でも、心の中では何を考えているのか分からない。ちょっと不気味なところがあったな。いつも不貞腐(ふてくさ)れて、愛想がなかったし。いわゆるイケメンで整った顔をしていたけれども、目付きがカミソリのように冷たく鋭かった」

 わかった。クラスメートの磯谷(いそがや)だ。こんなに太った男はクラスに磯谷しかいない。体重は100キロを超えている。食い物に汚い、卑しい男だ。

 俺は以前、この男が学校正門前のコンビニでプリンを万引しているのを見つけたことがある。磯谷は店員に言いつけないでくれ、学校にも言わないでくれと、泣きそうな顔で俺に懇願(こんがん)した。その顔があんまりみじめで可哀相だったから、俺はわかったと承知した。

 ところがその一週間後、磯谷は性懲(しょうこ)りもなく、また同じコンビニで万引を繰り返し、今度は店員に捕まってしまった。以来、磯谷はそれを俺が密告したものと勘違いして、折にふれて絡んでくるのだった。俺は否定したが、今まで何回やっても平気だったのに今回に限って捕まったのは、おまえが密告して監視が厳しくなっていたからにちがいない、と決めつけるのだった。

 そんな逆恨(さかうら)みから俺に反感をもっている磯谷は、今、マスコミに迎合するように俺に不利な発言をして、溜飲(りゅういん)を下げているのだ。まったく卑しい男である。

 このプリン事件以前から、もともと俺と磯谷は折合いが悪かった。最初は俺のほうは、磯谷に対して何の悪感情も持っていなかった。だが向こうは、俺と顔を合わせるたびに愚痴をこぼしたり嫌味を言ったり、婉曲(えんきょく)に俺に対する反感を表明するのだった。

 俺は原因に思い当たるものがなく、当惑してしまった。だがある日、高校での体育実技の時間に、更衣室で着替えている俺の体を横目で見ている磯谷と偶然目が合って、俺はすべてを理解した。奴はあわてて目を()らしたが手遅れだった。奴の目には、露骨な嫉妬と羨望の光があったのだ。

 世の中の男どもの中には、時として、いわれのない一方的な敵意を俺にぶつけてくる者がいる。最初の頃は原因が分からず、俺は戸惑ってしまうことも多かったのだが、もう慣れっこになってしまった。そういう場合はたいてい、俺の美貌と均整のとれた肉体に対する嫉妬が原因なのだ。

 俺は磯谷の太った体を思い浮かべた。だらしなく緩んだ口元、突きでた腹、垂れた尻……。自分を律するストイシズムを持たない意志薄弱な男。鏡を見るのさえ苦痛であろうその醜い姿は、たしかに同情に値する。しかし、だからといって俺の美貌に嫉妬して、陰湿な報復をしてもいいということには決してならないのだ。俺の美貌と肉体は天性のものに加えて、血の滲むようなトレーニングと節制によって維持されているのである。それだけの意志と忍耐力を持たない磯谷。万引をした自分が悪かったと反省するどころか、他人に責任転嫁してくる卑劣漢。自分の未熟ぶりを棚にあげ、下郎の分際で偉そうに他人を批判している。

 性格のよくない人間というのは、本当に手の施しようがない。人間の性格というのは、基本的に一生変わらないのだ。この卑しい性格のまま、やがて社会に出て害悪を周囲に撒きちらしはじめるのかと思うと、まったく先が思いやられる。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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