014 妹・樹理とカンゴールの赤いランニング・シューズ
文字数 1,307文字
樹理はベッドで冷たくなっていた。その遺体を抱き上げると、母よりさらに軽く、拍子抜けするほどだった。まるで体の中に、やわらかい羽毛しか詰まっていないかのようだ。無邪気な顔はまるで眠っているようにしか見えず、天使のようにあどけなかった。妹も絞殺だった。母同様、首の回りが赤く鬱血しているのが正視にたえない。
樹理のベッドの枕元には、スナフキンの縫いぐるみが置いてあった。全高が40センチくらいある、かなり大きなものだ。二年前のクリスマスにプレゼントとして贈られ、本人はサンタからもらったと信じていた。緑の帽子に黄色い羽をさし、静かに遠くを見つめる
苦しかったろう、樹理。でも、もう何も怖がる必要はないんだよ。
三週間前の日曜は、樹理が小学生になって初めて迎える運動会だった。運動神経が発達して動作が機敏だった樹理は、クラス対抗リレーの選手に選ばれ、アンカーを務めることになっていた。
「絶対に勝つんだ」とはりきる樹理に存分に活躍してもらうため、運動会前にランニング・シューズを新調することになった。シューズ店まで付き添ったのは俺だ。
陳列してある商品をいろいろ試してみた樹理だったが、なかなか気に入ったものが見つからなかった。色が気に入ればサイズが合わず、サイズが合えばデザインがしっくりこない、という具合だ。
そんな樹理が、〈カンゴール〉の真紅のランニング・シューズを見て、目を輝かせた。
「お兄ちゃん、カンゴールってなに?」
「カンガルーのことさ」
「ぴょんぴょん跳びはねるやつ?」
「そうさ」
「じゃあ、これを履いたら、跳ぶように速く走れるね」
履いてみたら樹理の足にぴたりと馴染んだ。樹理は上機嫌だった。カンゴールがたいそう気に入った彼女は、運動会当日まで、毎晩そのシューズを、縫いぐるみのように抱いて寝たのだ。スナフキンとともに、彼女の大切な宝物になった。
運動会当日は、俺も応援に行った。樹理が出場するクラス対抗リレーが待ちどおしかった。その種目が開始されると、幼い小学生たちは無邪気な小動物のようにスタートを切った。抜きつ抜かれつバトンをリレーして、かわいらしいデッド・ヒートをくりひろげた。
アンカーの樹理にバトンが回ってきたとき、樹理のチームは三位だった。樹理はバトンを受けると猛然とダッシュした。真紅のシューズが小気味よく大地を蹴って回転する。まさに跳ぶように走った。すぐに一人抜いて二位に浮上した。