044 レポーターは俺のクラスメイトにマイクを向けた

文字数 1,185文字

智代(ともよ)、このニュース見たか? 一家皆殺しの高校三年生」
 シンがテレビを示した。

「見たわよ。学校から帰ってきたら、どこの局のニュースもその報道一色だったわよ。こわい事件ね」
 智代も思案顔でテレビを見ている。シン同様、亡くなった父親のことを思い出したのかもしれない。表情が重い。

「じゃあ、あたし、隣の部屋でしばらく勉強してから寝ます。なにか用があったら呼んでね」
 隣の四畳半が、智代専用の勉強部屋兼寝室だった。智代は姿を消した。

 二人になった俺たちは、ビールで食事を続けながらテレビの報道を見守った。VTRの続きが流れている。

「では次は、容疑者の少年の高校のクラスメイトに話を訊いてみましょう。少年の通う高校は地元でも有数の進学校です」

 さっきと同じ女性リポーターが、男子高校生にマイクを向けている。背景は学校の敷地内だ。事件が発覚したのが今日の午後三時前だったから、六時間目がちょうど終わる頃だ。マスコミが学校に急行して、放課後、学校に残っていた生徒をとらえたのだろう。俺のクラスメイトだというが、顔にモザイクがかかっているから、誰だか分からない。音声は、やはりボイスチェンジャーで変換されている。くぐもった電子音声だ。

「容疑者の少年は、どういう生徒でしたか?」

「まったく普通の生徒ですよ。とてもこんな事件を起こすような人には見えなかった。ここ四日ほど学校を休んでいて、担任からは風邪だって聞いていたけど、まさかこんなことになっていたとは……。正義感が強くて、まわりの人間にも親切な人でした」

「少年は成績も優秀だったと聞いていますが?」

「そうですよ。学年でもトップクラスです。名門大学に進学できる成績です。学校の勉強だけじゃなくて、自分で難しい本もいろいろ読んでいたようです。僕たちが休み時間にバカ話をしているようなときでも、彼は自分の席で黙って哲学や思想の本を読んでいました。最近の高校生は活字離れしているって言われるけど、彼はそんなことはなかった。難しい言葉をたくさん知っていたし、文章もうまかったし。作文書くと、大人顔負けでした。都の教育委員会の論文コンクールで賞をとったこともありましたよ。

 昼休みは食事が終わると一人で体育館に行って、ベンチプレスで黙々と筋力トレーニングに励んでいました。自分に厳しいというか、ストイックというか、そういうタイプです。精神的に大人で、あまり同級生って感じじゃなかったです。2~3歳年上の人のような感じでした。風貌も大人びてたし……」

 わかった。インタビューに答えているのはクラスメイトの岩清水(いわしみず)だ。あいつがいつも学校に持参するアディダスの白いスポーツバッグが、画面の端に映っている。背格好から見ても、あいつにまちがいない。

 岩清水は、俺に好意的な発言をしてくれているようだが、それには理由がある。あいつには、以前に貸しがあったのだ。
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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