035 パトカーが……!

文字数 1,368文字

 歌舞伎町からシンのアパートまでは、4~5キロの道のりということだ。同じ新宿区内である。たいして時間はかからないだろう。タクシーは靖国通りを東に進んだ。極彩色(ごくさいしき)のネオン街が後ろに遠ざかり、黒々とした普通の夜の街並みに変わっていく。新宿という街が発散していた妖気が急速に薄れていく。タクシーは明治通りにぶつかると左折した。車の数が減って、流れがスムーズになる。

 俺が気がかりなのは検問だった。シンを捕まえようとした新宿署の刑事は、まだ薄暗い路地で眠っているだろう。そちらではない。そもそも検問が敷かれるほどの事件でもないだろう。あれは単なるドラッグ密売に、公務執行妨害だ。問題は、それに先だつ交番襲撃・拳銃強奪事件のほうだ。当然、警察の威信をかけた重大事件として検問が敷かれたはずである。あれから数時間が経過している。現在の捜査体制はどうなっているのか?

 俺が思案していると、タクシーの運転手が勝手にしゃべりだした。
「いやあ、今日は難儀しましたよ。夕方、大久保一丁目の交番で事件があったんです。なんでも若い作業服姿の男がスタンガンで警官を襲って、拳銃を奪ったそうです。いやあ、物騒な世の中ですな」

 その物騒な男が、今ここにいるのだ。俺は横目でシンの様子をうかがった。スタンガンと聞いても、何の反応も示さない。やはりシンは、俺がスタンガンで刑事を気絶させるところを見ていなかったのだ。これは好都合だ。

「……で、検問が敷かれて、こちらは大迷惑ですよ。車が止められて、商売はあがったりでした」
「そいつは困ったな。まだやってるの、検問?」
 シンが運転手に訊く。

「交通の激しいこの新宿で、そう何時間も車の流れを止めておくわけにはいかないでしょう。しかも夕方のラッシュ時と重なっていた。1~2時間で解除されましたよ。それでも、こちらは大いに迷惑しましたがね。警察のほうでも、それだけ時間が経てば、犯人はもう新宿を離れてどっかに行ってしまったと判断したようです」

 警察の裏をかく俺の作戦は成功した。交番襲撃直後に歌舞伎町にとどまったのは正解だった。やはり天は俺に味方している。

 明治通りが大久保通りと交差する大久保二丁目の交差点で、信号に停められた。地下ケーブルか何かの工事中で、重機が地響きをたてながらアスファルトを掘りおこしている。道路の幅員が狭められ、ガードマンが赤色灯を手に車を誘導する。

 窓の外を見た俺は肝を冷やした。大久保通りを入った少し先の路肩に、ヘッドライトを点けたままパトカーが停車している。サイレンは鳴らしていないが、ルーフ上で赤色灯が回転している。今にもこちらに向かって走りだしてきそうな気配だ。

 やはり警察はまだ網を張って、待ち伏せしていたのか。俺のジャケットのポケットにはスタンガンが入っている。リュックの中には、もっと厄介な拳銃もある。職務質問でも受けて所持品を改められたら、万事休すだ。俺はじりじりしながら信号が変わるのを待った。運転手は俺の気も知らないで、呑気に鼻歌を歌っている。



✽平成16年10月30日(木) 亜樹夫の足取り
①西新宿探偵社
②新宿バッティングセンター
③新宿区役所
④尾張屋書店
⑤護身具ショップ アスピーダ
⑥PePe西武新宿
⑦大久保一丁目交番
⑧ドン・キホーテ 新宿歌舞伎町店
⑨大久保二丁目交差点 パトカーに遭遇
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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