055 大学教授とやらが偉そうに語りだした

文字数 1,805文字

「今日はスタジオにゲストをお招きしております。紹介します」

 テレビからの音声で、俺はわれに返った。新宿歌舞伎町で出会ったドラッグ売人シンのアパートに招かれて、夕食を振舞われながら一緒にテレビニュースを見ていたのだった。ニュースの話題は一家皆殺し容疑の高校三年生、すなわち俺のことだった。シンも報道に大いに興味をそそられたらしく、一心にテレビ画面を見つめている。

 父の会社の女性事務員・児島令子さんや、俺の高校の同級生・岩清水(いわしみず)磯谷(いそがや)、山田さとみが次々と登場したVTRはいつのまにか終わっていた。映像はテレビ局のスタジオに変わっている。

 男性ニュースキャスターが座るデスク正面からカメラがパンして、デスク横に控えていた男性を映した。ダークスーツを着た仏頂面の男だ。キャスターが、なんとか大学のなんとか先生と紹介した。少年犯罪心理学の偉そうな教授である。テレビ慣れしているのか、態度が尊大である。「高校三年生・一家惨殺事件」「キレる10代」「少年の心の闇」と、画面にまたテロップが躍る。

「また起こりましたね、10代の犯罪」

 軽薄そうな痩せぎすのキャスターが早口で話を振る。仏頂面の大学教授氏は、待ってましたとばかり、おもむろに頷き、口を開いた。

「最近続発する10代の少年犯罪、彼らの心の闇はわれわれ大人には想像もできない部分があります。従来は不登校―退学―非行―犯罪と、少年犯罪に至る過程には目に見える分かりやすい図式がありました。ところが最近は、普通の少年が突然キレる。周囲は原因が分からず、おろおろするばかり。動機がまったく見えないのです」

「今回の事件の容疑者も、近所の住人や学校のクラスメイトの話では、まったく普通の少年ですよね。むしろ全般的には評判はかなりいい」

「私が引っかかるのは、そこなんです。この少年、かなり頭がよかったそうですね。IQも相当高そうです。『

ような気がするんですよ。なにをやったら親が喜ぶか、どう行動したら周囲に評価されるか、頭がいいからそれが分かる。そこを計算して動いていたように思われるんです」

「本当の自分は、計算された演技の仮面(ペルソナ)の下に隠していたということですね?」

「そのとおり。少年のクラスメイトの一人が、『心の中で冷笑している』『何を考えているか分からず不気味』と評していましたが、私はむしろそれが少年の本質だったように思うんです」

「まさに現代社会を象徴するような屈折した人格(キャラクター)ですね」

「同感です。今回の事件ね、10代の少年犯罪といっても、今までとは決定的に異なる点があるんですよ。分かりますか?」

「えーと、何でしょう?」

「今までの事件は近所の無抵抗な児童や、たまたまバスに乗り合わせた無力な老婦人、逃亡先で偶然出会った主婦、そういった人が被害者になっています。つまり、加害者にとっては相手は誰でもよかったわけですよ。たまたま目についた、攻撃しやすそうな弱い人間に矛先をむけた」

「なるほど。それに対して、今回は自分の親きょうだいを殺しているわけですね」

「これはたまたま目についたから、ということはあり得ません。肉親を殺そうと思って最初からずっと狙っていて、そして実行に移した。そこに今回の事件を解明する鍵があると思うんですよ」

「計画性が(うかが)われますね。しかも手段が残虐きわまりない。父親は両眼を(つぶ)された上で、鈍器で撲殺されています。これ、ようするに逃げられないように父親の自由を奪っておいて、それから狙いすまして頭を砕いたということですよね。母と妹は首を締めて殺しています。相手はかよわい女性、しかも血のつながった肉親ですよ。妹はわずか6歳です」

「私が特に引っかかるのは、父親が殺害された方法です。両眼を潰し、撲殺。これを聞いて、どう思われますか?」

「きわめて残酷です。命を奪うだけなら撲殺で十分だった。それをなんで、わざわざ両眼を潰すことまでしたのか……」

「そこです。世界で一番有名な『父親殺し』といえば、ギリシア神話『オイディプス』ですが、今回の事件、この『オイディプス』と奇妙な符合があるんですよ」

「ほう? そこのところを、もう少し詳しく……」



ギュスターヴ・モロー「オイディプスとスフィンクス」(1864)
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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