002 調査報告書 01
文字数 2,239文字
ドアが開き、ささいな脇役の一人が登場した。俺が依頼した調査を担当した探偵である。きちんとスーツを着こなし外見はビジネスマン風なのだが、目付きが悪く、
「お待たせしました。これが、ご依頼の件に関する調査報告書です」
探偵屋は不器用な愛想笑いをうかべ、テーブルをはさんで俺の向かいに腰掛けた。安物のパイプ椅子だ。A4サイズの茶封筒から、クリップで留めた書類を取り出す。
俺は受けとり、表紙をめくった。
「ご依頼のあった、株式会社〈アラゾニア総合建設〉、および同社社長〈
昭和27年設立、資本金396億円、従業員1548人の中堅ゼネコンで、東証一部上場。港区赤坂に本社を構える。バブル期にはマンションやオフィスビル建設を幅広く、しかも無節操に手がけ、この世の春を謳歌した。しかし、この業界の例に漏れず、バブル崩壊後は、開発受注目的の土地買い占めと過剰投資がたたって業績は悪化している。支援銀行に債権放棄を求め、不採算部門を切り離して子会社に移籍し、なんとか命脈を保っているありさまだ。建設業界は、バックに「族議員」という実に頼りがいのある
俺はこちらを凝視する視線を感じて顔を上げた。探偵屋がもの問い気に見ている。
「なにか?」
「いやね、あなたは依頼人にしてはずいぶんとお若いものだから。まだ学生さんでしょう? 学生さんがゼネコンの企業調査とは、またずいぶんと毛色の変わった依頼じゃありませんか。就職対策にしては念が入りすぎていますし……。どうして、こういう調査を私どもに依頼されたのかと不思議に思って……」
「俺は依頼した本人ではなく、単なる代理です。ある人から頼まれて報告書を受け取りにきただけですよ。それに、調査の目的は聞かない約束でしょう?」
「そうでした。いや、申し訳ない。こういう稼業をしていると、好奇心が強くなっていけない」
探偵屋は卑屈な微笑を浮かべると、目を逸らした。やはり品のない男だ。品のない男に限って、他人の事情をあれこれと詮索したがるものなのだ。
ある人から頼まれて、というのは嘘だった。俺自身が情報を必要としたのだ。
俺には、ある計画がある。いばらの道を歩むような困難な計画だ。運命の鉄槌がこの俺に課した〈あの突然のできごと〉が契機だった。思い出しただけでも、心が乱れるような、悲しい、恐ろしいできごとだった。
計画には情報が必要だった。俺は徒手空拳だった。電話帳の広告を見て、探偵社や興信所に片端から電話した。インターネットでホームページにアクセスすれば簡単だったが、履歴が残って警察に手がかりを与えることを恐れたのだ。電話も自宅から離れた公衆電話を利用した。デジタル・ネットワーク時代にずいぶんとアナクロなやり方だったが、楽をしようとして証拠を残すのは愚かなことだ。やってみると、実際にはたいした手間ではなかった。一昔前は、みなこのやり方だったのだ。
依頼者の氏名や住所、連絡先、依頼の目的などを一切聞かずに調査をしてくれる探偵社を探した。そしてその条件を満たしてくれたのが、この探偵社だ。JRの高架に平行する西新宿・小滝橋通りの薄汚れた雑居ビルに事務所を構えている。多少料金は高めになるという条件付きで、俺の依頼に応じてくれた。
俺は、こういうふうに何でも金銭的な尺度でしか物ごとを計れない商人的な発想が嫌いだった。だが、俺には時間がなかった。この探偵社に決めた。それに商人的な発想をする人間というのは、きちんと金さえ払っておけば案外正確に仕事をするものだ。
俺は調査報告書に目を戻すと、ページを繰った。
アラゾニア総合建設の社長を務める権田総一郎のプロフィールが記されている。経済界に人材を輩出している都内の某名門私大を卒業しており、現在61歳。長年、開発部門の第一線にたずさわり、この業界の裏も表も知りつくしたあと、社長に就任したのは四年前という。権田は、本来は社長候補ではなかった。バブル崩壊後の経営悪化の責任を取らされて、次期社長候補と目されていたサラブレッドが何匹か処分され、この権田が繰り上がったのだ。以後、徹底した経営合理化と人員削減でリストラに
権田総一郎の写真が添えられていた。ネクタイを締め、よそ行きの顔で写った正面と側面からのポートレート、それにサイズや角度を変えて隠し撮りしたスナップが何枚か。ビジネスマンというよりは土建屋の顔だ。したたかで抜け目がなく精力的な男という印象を受ける。腹がつき出し、顎の下が贅肉でたるんでいるのは、飽食の日々を
──こいつが権田総一郎か。こいつのために……。