020 鉄兵さんは疑念をつのらせ……

文字数 1,529文字

 それから三日間、10月28日火曜から30日木曜まで、つまり今日まで、鉄兵(てっぺい)さんは昼となく夜となく何度も俺の家に電話してきた。

「オヤジさんから何の連絡もないが、どういうことなの?」
「いつも何でも俺に相談してくれるオヤジさんが、今回に限って何も言ってくれないのはおかしい」とくり返した。

 俺は、そのたびに
「自宅には定期的に電話がある」
「資金繰りの交渉が山場にさしかかっていて、とても手が放せないそうだ。鉄兵さんにはよろしく言っていた」と、父がすでに死んでいることをごまかしていた。

 さすがに人のいい鉄兵さんも、しだいに疑念をつのらせていくようだった。
「それにしても、オヤジさんの携帯の電源がいつもオフになっていて一度もつながらないのは、納得がいかない」
 電話のむこうの鉄兵さんの声が曇っていた。

 今日、俺は西新宿で探偵屋の報告を聞いたあと、交差点の大型電気店の店先で、午後の民放テレビ・ニュースを目にした。ニュースは、俺が自宅で犯した殺人が露見したことを伝えていた。その際、「従業員が鍵を開けて勝手口から屋内にはいり、寝室で両親と妹の遺体を発見した」という趣旨のことを言っていた。

 その従業員というのは、きっと鉄兵さんのことだ。俺が今日、探偵屋から調査報告書を受けとるため家をあけているすきに、押しかけたのだろう。
 鉄兵さんはいい人で、俺は好きなのだが、少し心配症でおせっかいなところがある。俺はきちんと戸締まりをしておいたが、鉄兵さんは家の外からすでに、ただならぬ気配を察したのかもしれない。中から何の反応もないことが分かると、錠前業者か何かを呼んで、勝手口を開けたのだろう。そして両親と妹の遺体を発見した。

 警察の司法解剖で、死亡推定時刻が27日・月曜日未明ということは簡単に判明するはずだ。俺が三人の死を知りながら鉄兵さんに嘘をついて時間稼ぎをしていたことは、もうバレているだろう。

 俺は未成年だから、少年法61条の規定で、氏名や顔写真が公開されることはない。罪を犯した少年を処罰するのではなく、心身の成長期にある彼らの更生をうながし、社会復帰の手助けをするというのが少年法の精神である。その障害となる社会的偏見から少年を守るため、個人情報が公開されることはないのだ。まったくありがたい規定である。
 どうして少年法を知っているかというと、調べたのだ。探偵屋の報告を待つのに三日あった。無為に過ごしたわけがない。計画に必要な準備にあてた。

 対外的には非公開とはいえ、警察内部では俺を容疑者としてもう手配を済ませているはずだ。計画を急がなければならない。探偵屋からえた情報のおかげで、未定だった計画の仕上げの部分も手がかりをえた。

 一つだけ、ありがたいことがある。三人の遺体は司法解剖が済めば、すぐに荼毘(だび)に付されることだ。三人の遺体を安置した寝室のエアコンはクーラーを最大出力にしてあったが、腐敗を完全に防ぐことはできない。遺体はすこしずつ痛んでいく。今ならまだ大丈夫だ。父と母と妹は、きれいな姿のままで天国に行ける。

 そうか……。いま気づいたが、鉄兵さんはエアコンの室外機に不審をおぼえたのかもしれない。もはやクーラーを必要とするほどの季節ではない。暖房には早すぎる。にもかかわらず、エアコンの室外機が最大出力で回転している。これは中で何かがある……と気づいたわけだ。

 〈新宿バッティングセンター〉を出た俺は、区役所通りを南下した。小滝橋通りの探偵屋で報告を聞いた後、同センターに来て、バッティングで汗を流しながら、計画について考えをまとめていたのだった。心身をリセットしたいとき、バットを振るのが俺のいつもの習慣だ。

 俺は歩きながら電話ボックスをさがした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み