020 鉄兵さんは疑念をつのらせ……
文字数 1,529文字
「オヤジさんから何の連絡もないが、どういうことなの?」
「いつも何でも俺に相談してくれるオヤジさんが、今回に限って何も言ってくれないのはおかしい」とくり返した。
俺は、そのたびに
「自宅には定期的に電話がある」
「資金繰りの交渉が山場にさしかかっていて、とても手が放せないそうだ。鉄兵さんにはよろしく言っていた」と、父がすでに死んでいることをごまかしていた。
さすがに人のいい鉄兵さんも、しだいに疑念をつのらせていくようだった。
「それにしても、オヤジさんの携帯の電源がいつもオフになっていて一度もつながらないのは、納得がいかない」
電話のむこうの鉄兵さんの声が曇っていた。
今日、俺は西新宿で探偵屋の報告を聞いたあと、交差点の大型電気店の店先で、午後の民放テレビ・ニュースを目にした。ニュースは、俺が自宅で犯した殺人が露見したことを伝えていた。その際、「従業員が鍵を開けて勝手口から屋内にはいり、寝室で両親と妹の遺体を発見した」という趣旨のことを言っていた。
その従業員というのは、きっと鉄兵さんのことだ。俺が今日、探偵屋から調査報告書を受けとるため家をあけているすきに、押しかけたのだろう。
鉄兵さんはいい人で、俺は好きなのだが、少し心配症でおせっかいなところがある。俺はきちんと戸締まりをしておいたが、鉄兵さんは家の外からすでに、ただならぬ気配を察したのかもしれない。中から何の反応もないことが分かると、錠前業者か何かを呼んで、勝手口を開けたのだろう。そして両親と妹の遺体を発見した。
警察の司法解剖で、死亡推定時刻が27日・月曜日未明ということは簡単に判明するはずだ。俺が三人の死を知りながら鉄兵さんに嘘をついて時間稼ぎをしていたことは、もうバレているだろう。
俺は未成年だから、少年法61条の規定で、氏名や顔写真が公開されることはない。罪を犯した少年を処罰するのではなく、心身の成長期にある彼らの更生をうながし、社会復帰の手助けをするというのが少年法の精神である。その障害となる社会的偏見から少年を守るため、個人情報が公開されることはないのだ。まったくありがたい規定である。
どうして少年法を知っているかというと、調べたのだ。探偵屋の報告を待つのに三日あった。無為に過ごしたわけがない。計画に必要な準備にあてた。
対外的には非公開とはいえ、警察内部では俺を容疑者としてもう手配を済ませているはずだ。計画を急がなければならない。探偵屋からえた情報のおかげで、未定だった計画の仕上げの部分も手がかりをえた。
一つだけ、ありがたいことがある。三人の遺体は司法解剖が済めば、すぐに
そうか……。いま気づいたが、鉄兵さんはエアコンの室外機に不審をおぼえたのかもしれない。もはやクーラーを必要とするほどの季節ではない。暖房には早すぎる。にもかかわらず、エアコンの室外機が最大出力で回転している。これは中で何かがある……と気づいたわけだ。
〈新宿バッティングセンター〉を出た俺は、区役所通りを南下した。小滝橋通りの探偵屋で報告を聞いた後、同センターに来て、バッティングで汗を流しながら、計画について考えをまとめていたのだった。心身をリセットしたいとき、バットを振るのが俺のいつもの習慣だ。
俺は歩きながら電話ボックスをさがした。