012 母の訓え
文字数 1,062文字
そんな俺を「やめなさい」と言って、母が
「青虫だって生きているのよ」
「でもこれ、野菜を食べちゃう悪い虫だよ」
「それは人間の一方的な言い分です。
「……」
俺は沈黙するしかなかった。
「青虫は野菜の葉を食べて大きくなるんです。野菜が栄養なんです。野菜を食べなければ生きられない。それを人間の一方的な都合で悪い虫だって決めつけるのは、まちがっているんじゃないの?」
母の言うとおりだった。納得した俺は、その日から青虫を育てはじめた。以前カブトムシを飼っていた飼育ケースに入れた。飼育ケースは、プラスチックの透明ケースの上部に細かい網目状の蓋が付いていた。土と木の枝を入れて、青虫が暮らしやすいように環境を整えた。餌は、毎日、母からキャベツの葉をもらって与えた。青虫の食欲は旺盛で、俺の手のひらより大きい葉を一日で食べつくしてしまうのだった。子供特有の好奇心で、俺は毎日毎日、飽きもせずに青虫の様子を観察した。
ところが、ある日、青虫の食欲がぱったりと衰えた。まったくキャベツの葉を食べなくなってしまったのだ。指先でつついても、動きがにぶく元気がない。病気だろうか。俺は心配した。
母に相談すると、「もうすぐサナギになるのよ。大丈夫よ」と微笑んだ。その落ちついた母の様子に、俺は安心した。
母の言葉どおりだった。青虫は飼育ケース内の木の枝に、自分が吐いた糸で体をしっかり固定すると、サナギに変態しはじめた。緑色で柔らかかった体が、褐色に乾燥していく。俺はそのまま死んでしまうのではないかと、ひどく心配した。毎日のように飼育ケースを覗く。サナギは水も飲まず葉も食べず、じっと角張って固まったままだ。本当に死んでしまったのではないか。
不安にかられた俺がまた母に相談すると、「死んだわけじゃないのよ。生まれ変わるために、じっと力を蓄えているのよ」と諭すように説明した。
ある朝、目覚めた俺は、いつもの習慣で一番に飼育ケースを覗きこんだ。
俺は不思議な情景を見た。