066 シン、衝撃、カミングアウト

文字数 1,666文字

 「アキラはこの容疑者の少年をどう思う?」
 シンの突然の問いかけに、俺は長い回想から現実に引きもどされた。

 アキラって誰だ? ああ、俺の変名か。シンに自己紹介したときに、とっさに名と年齢を偽ったのだった。

 歌舞伎町で出会ったドラッグ売人シンの新宿下落合のアパートで、俺たちは一家皆殺し容疑の高校三年生に関するテレビニュースを見ていた。シンはいつのまにか口数が少なくなり、(にら)むようにテレビ画面を見つめていた。

 そのシンが、俺に訊いている。

 容疑者の少年というのは、ようするに俺のことだ。どう思うといきなり訊かれても、返答に困るが……。

「テレビの報道だけではなんとも……。きっと、この少年には少年だけの特別な事情があったんじゃないですか」

「でも、こいつ自分の親きょうだいを自分で殺したんだぜ! どんな特別な事情があったとしても許されることじゃない!」
 シンの語調は激しい。

 ずっと感じていたことだが、シンは肉親殺しというこの事件に対して強烈な思い入れがあるようだ。シンは母親を早くに亡くし、父親も二年前に交通事故で失ったという。シンが肉親殺しに過敏に反応するのは、そのことが原因で、肉親に対して特に思慕の念が強いからだと俺は解釈していた。

 だが、それにしてもシンのこの激昂(げっこう)した様子はどういうことだ? 普通ではない。なにか隠された事情があるのか?

「ねえ、シン。俺はさっきから思っていたんだけど、シンは肉親の死に対して特別な感情をいだいているんじゃないですか? なにか隠された事情があるんじゃないですか?」

 シンがはじかれたように体を震わせた。目を見開いて、俺の顔を見る。だが、すぐに視線を()らすと、力なく、うなだれてしまった。

 悩んでいる。言うべきか、言わざるべきか。その心のうちに去来しているものは何か。体を左右にゆっくりと揺すり、しばらくリズムをとるような動作をしていたが、ようやく口を開いた。

 リモコンでテレビのスイッチを切る。
 静寂がおとずれた。

「アキラ、鋭いね。俺の心を読んでいるね。やっぱり俺が思ったとおりの人間なのかもしれない。俺ね、はじめてアキラに会ったときから、言葉では説明できない磁力みたいなものを感じたんだ。心の波長が一致するというか、なんか、直感的にこの男は信頼できそうだって思った。今日はじめて会ったばかりなのに、不思議だよね。アキラと一緒にいると、なぜか心が落ち着くんだ。本能的に自分と同じタイプの人間だって気がするんだよ。

 俺、以前から、誰かに言おう言おうと決めていたことがある。でも今までは信頼できる相手にめぐり会わなくて、ずっと言えなかったんだ。でも今日は言うんだ。アキラに会ったことは、なんか運命だって思う」

 初対面にもかかわらず、俺はずいぶんと信頼が厚いようだ。なぜだろう? うれしく思う反面、重荷にも感じる。俺のほうはシンに対する第一印象は最悪だったのだ。失礼ながら、軽薄そうで鼻持ちならない奴と思ってしまった。

 今ではその印象は180度、転換したが。身を粉にして働いて、亡き両親の代わりに妹の智代さんを育てている責任感の強い青年だ。そのシンが何かを俺に託そうとしている以上、正面から受け止めなければならない。

 他人の信頼を裏切るな。人間はみんな(つな)がっている。父の教訓だ。

 シンは何を告白しようとしているのか。また大人の表情になっている。はじめて新宿歌舞伎町で出会ったときのおどけた表情は鳴りをひそめ、真剣そのものだ。

「俺の親父、二年前に交通事故で死んだって言ったよね。あれ、嘘なんだ」
 シンは顔をあげると、俺の目を正視した。苦悩の色が深い。

「ほんとうは……自殺だったんだ」


(作者注1:亜樹夫 (アキラ) が新宿歌舞伎町でシンと初めて出会ったときの状況に関しては、エピソード「032 ヴァッシュ・ザ・スタンピードになりそこねた男」をご覧ください。)

(作者注2:シンが父親の死因を交通事故であると説明したときの状況に関しては、エピソード「038 誰もが心に傷を抱え懸命に生きている」をご覧ください。)
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登場人物紹介

真崎亜樹夫 (18):主人公。超イケメンのナルシスト高校三年生。きわめて皮肉屋。きわめて毒舌家。きわめて非社交的。社会に適応できず、友達が一人もいない。ハードボイルド小説、大藪春彦『野獣死すべし』と河野典生『殺意という名の家畜』を愛読しすぎたせいで中2病をこじらせ、いまだに治癒しない。変人。必要に応じて、アキラという変名を用いる。

真崎守 (52):亜樹夫の父。小さな建築会社を経営。頑固な昭和オヤジ。絶対に言い訳せず、絶対に愚痴を言わない。物事のけじめに異常にきびしく、人間の絆を大切にする。ゴリラのような、いかつい外見。息子の亜樹夫には性格のみ遺伝し、外見は遺伝しなかった (ため亜樹夫本人は安堵している)。

真崎優子 (44):亜樹夫の母。故事成句「顰に倣う (ひそみにならう)」の由来となった西施に匹敵する絶世の美女。心やさしく、小さな生命を大切にする。亜樹夫の外見は、この母から遺伝した (ため亜樹夫本人は感謝している)。

真崎樹理 (6):亜樹夫の妹。小学一年生。亜樹夫と仲がよい。快活な性格で小動物のように動作が俊敏なクラスの人気者。スナフキンとカンゴールの赤いランニングシューズがお気に入り。

石塚鉄兵 (40):真崎守が経営する建築会社の古参従業員。真崎守の右腕的存在。建築業界の裏も表も知り尽くしている。亜樹夫にとっては頼りになる兄貴分のような存在。気さくな好人物。妻との間に中3の息子がおり、高齢の両親とも同居している。

小島令子 (37):真崎守が経営する建築会社で事務を担当する従業員。シングルマザー。夫と離婚して、幼稚園に通う娘を一人で育てている。

権田総一郎 (61):アラゾニア総合建設社長。同社は真崎守が経営する建築会社の元請。

シン (城田(しろた)晨一(しんいち) (22):新宿歌舞伎町のドラッグ売人。両親はおらず、新宿区下落合のアパートで妹の智代と二人暮らし。2年前に亡くなった父親の死因は交通事故ということになっているが……。

城田智代 (15):シンの妹。成績優秀な中学3年生。温和な性格。料理の腕はプロ級。

岩清水 (18):亜樹夫のクラスメイト。草食系。かつてヤンキー連に恐喝されているところを亜樹夫に助けられたことがあり、それを恩に着て、亜樹夫をリスペクトしている。

磯谷 (18):亜樹夫のクラスメイト。100キロ超の巨漢。万引き癖あり。亜樹夫の美貌に嫉妬して反感をいだいている。

山田さとみ (18):亜樹夫のクラスメイト。亜樹夫に告白しようとしたのだが……。

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